第20話 三原さんは、泳ぎたい

 あのあと帰ることになって、三原さんは服を着てくれた。僕もアツアツにあったまった服を着て、一緒に小屋を出た。三原さんは歩きだと言うから、近くまで自転車の二人乗りで送った。

 女の子と自転車に二人乗りなんて、ドラマかアニメかってエピソードだ。僕もいつかそんなことをやってみたいとは思っていたが、早すぎた。高校生くらいでやりたかったのだ。僕が恋をするにはまだまだ早いし、よく知らない同級生の女の子が相手では盛り上がりに欠けるというもの。しかもさっきまで全裸で、どちらかというと裸を見せつけたがっていた。変態さんが相手というのもどうなのか。大人みたいな美人なのだから、たいへん光栄なことだという見方もできる。けど変態さん相手に思いたくない、そんなこと。

 もし高校生になって女の子と二人乗りすることになっても、初めての新鮮さは味わえないことだろう。僕の初めてを三原さんに進呈してしまったわけで、考えてみるともったいないことをした。


 朝、僕はギリギリの線を狙って教室につく。毎日が戦いだ。メロスになってボロボロの体を教室のドアというゴールに押し込む。

「あっ、おはよう! わ」

 となりの席の三原さんが声をあげる。たぶん、三原さんと教室では話さないということなんておぼえていなかったのだろう。

「わーい。みんなー、いい天気だね!」

 僕が驚く顔を見て思い出したものだから、無理やり友達に話しかけたことにしてごまかした。ごまかせてないけどな。

「なに、どうしたのー。テンション高っかっ」

「最近はいい天気続いてるだろ。なんで急に天気の話?」

 友達にツッコまれた。自業自得だ。ひとが言ったこと覚えておけよ。僕も他人の言ったことなんて覚えちゃいないけどな。

「だってほら、空すっごい晴れてるし、気温も気持ちいいし、教室で授業やってる場合じゃなくない?」

「三原のことはほっといて、みんな席につけー。朝の会はじめるぞ。天気よくても授業はやるんだ、サボったらヒドイことになるからな」

 先生がきた。今日も僕は勝利した。先生がくるまでに教室にいればセーフなのだ。僕はやったよ、メロス。天国のメロスに勝利報告だ。


 朝の会のあとも三原さんは、チラッチラッと僕に視線を送ってくる。メンドクサイひとだ。今日は釣り行く? と聞きたいのだろう。

 昼休み、スマホでメッセージを送る。今日は塾だから釣りはナシだ。

 午後の授業、明らかに三原さんはションボリしている。そんなに泳ぎたかったのか。天気はいいけど、やっぱり海は冷たいぞ。

「三原どしたぁー、朝は元気すぎたのに」

「アレじゃない? 男にフラレた」

「それはかわいそうに、慰めてあげよう。よーし、帰りはクレープ食べてこ」

「いいねえ、イヨッチのおごりで」

「失恋話聞かせてくれたらね」

「それはできかねる。秘密なんだ」

「嘘でしょ」

「嘘だな、三原が失恋とかありえん」

 三原さんは別の予定がはいって復活したみたいだ。

「ぐげっ」

 なんだ? 頭に衝撃がきたんだが。三原さんの反対側のとなりの席、笹井さんがカバンを背負うときに僕の頭にカバンアタックしてきたらしい。  

 笹井さん? まだ授業あるよ? 笹井さんはヌケたところがある。

「笹井さん、授業あと1時間」

「そうだっけ」

 おおう。カバンおろすときにもあやうくカバンで殴られるところだよ。関わるとこちらの身がもたないタイプの子だな、笹井さん。


 明日は釣り日和になりそうだった。放課後にまたスマホでメッセージを送った。明日は釣り🎣。すぐに反応がきて、🐧🏊だって。いや、寒いなら泳ぐなよ。変態の気持ちはわからん。


 ほんのすこしだが、僕もいくらか楽しみだったのかも。時が過ぎ去るのが早く、朝が来て夜になった。釣りの道具をもって自転車に乗る。迎えに行ってやろうかという気持ちもあったんだが、行きはやめておくことにした。今日は自転車かもしれないしな。なぜ歩きだったのかわからんし。自転車に乗れないってことはないだろうに。

 おじいさんの小屋の横に自転車を駐めて、入口のたたきのところにすわった。

「あ、先にきてたぁー」

「自転車だからな」

 三原さんは服を着たままやってきた。疑っていないし、期待もしてなかったけど。それに今日も歩き。ただ、笑顔だったのが印象的だ。

「ここで待っててくれたんだね」

 おや、当たり前かと思ったけど、ちがった? 女の子と一緒に行動するなんてことは今までなかったから、間違ったかも。

「じゃ、はいって」

 ドアを開ける。僕は立ったまま動かない。

「いや。着替えるんだろ、ここで待ってるよ」

「そっか」

 一瞬なにか言いたそうにしたけど、納得して着替えにはいっていった。予想を上回る早さでドアが開いて、三原さんが出てきた。全裸で。

「お待たせ。着替えじゃなくて、脱いだんだけどね」

 そうだった。だが、女の子が服を脱ぐところをのぞく趣味はない! これでよかったのだ。そうかな。三原さんに水着を着るように説得する能力は僕にはない。よいことにしよう。


 道路を渡って階段で堤防に降りる。僕がポイントで釣り道具を置いたところで、三原さんは奇声を発して堤防から空に飛びあがった。人間は飛べない悲しい動物だ。普通に落下して行った。真っ黒い海に落ちたのは確実だ。

 これが青空のもとで、水着を着ていて友達と一緒に堤防から飛び出した図なら青春なんだが。夜に全裸で堤防から飛び出したら、ただのイカレた女の子だ。でも、僕はすこし楽しくなってきた。一緒にいてもお互い好き勝手にやりたいことをやる。そんな関係が気に入りはじめていた。


 僕が三原さんを殺すことになるなんて、この頃は考えもしなかった。でも、知らない人間を殺すことってすくないだろう。三原さんとこんな風に親しくなったということは、殺人の可能性がポツリと生まれたってことだったのかもしれない。

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