第19話 三原さんは裸族
全裸で仁王立ちの三原さん。三原さんは妖怪だったのか。そんなわけはないな。
僕のことドジだといったが、ドジではない。でも、妖怪と勘違いしたなんて恥ずかしくて言えない。僕はドジで、振り返った拍子にバランスを崩して海に落ちた。それでいい。
「ありがとう。ほとんど死ぬところだったよ」
「いいって、いいって。わたしがおどかしちゃったみたいだし」
本当だよ。ってバレてる? それはいいとして。
「あの、なんで裸?」
「泳ぐときは服を着ないものでしょ」
「み、水着とか」
「夜にひとりで泳ぐのに水着って必要かな」
水着がなくて仕方なくとかじゃないんだ。水着は必要だと思うぞ。僕と遭遇したわけだし。世界にひとりってわけじゃない。それに、すこしは隠そうな。学校では全裸ではないはずなんだが。本当は裸で登校したかったりするのかな。変態さんだ。
へっぶし。
失礼、くしゃみが出た。寒い。それに、服が重いし、濡れて肌に貼りつくから気持ち悪い。それでも裸で泳ぎたいとは思わないけどな。
「きて。濡れた服じゃ風邪ひくよ」
全裸は風邪ひかないとでも言うのか。
「泳ぐのもちょっと早いけどね」
やっぱり。海は冷たかったぞ。はじめに僕に声をかけたときは、寒さで震えて口もうまく動かなかったから妖怪の声みたいだったのだな。そんな冷たい海に飛び込んで僕を助けてくれたのだから感謝だ。もとはと言えば三原さんが夜に海で泳いでいて、しかも全裸だったのがいけないんだけど。全裸じゃなくても僕は海に落ちていたか。全裸は関係なかったな。
釣り道具をもつのを手伝ってもらって、堤防から陸に上がる。全裸でも行動に迷う様子がない。三原さん、僕とは住む世界がちがいすぎる。道路を渡ったところの小屋の前。一度振り返って、僕は目を反らす。もちろん、見てはいけないものを見ないためだ。
「ここ、おじいちゃんの小屋。はいって」
しょぼいドアを開けてはいってしまった。本当かな。あとで持ち主に怒られたりしないかな。疑わしい。
ひゃっぶしゅ。
こりゃたまらん、お邪魔します。
本当に三原さんはよくこの小屋のことを知っているみたいだ。ささっと石油ストーブに火をつけてくれた。電池がはいっていて、ボタンを押すだけで着火するやつだ。
「渡辺も脱ぎなよ」
僕を裸にしようとするな。でもまあ、お言葉に甘えて。裸にはならんぞ、Tシャツとパンツ姿になって、服は都合よく渡してあるロープにかけて干した。照明器具はランプだった。おじいさんの趣味だけはあって、古風だな。
狭い部屋にふたりきり、しかも片方は全裸、僕もとても薄着。気まずい。そんなことを思っているのは僕だけみたい。三原さんはひとり掛けのソファにどっしりと身を沈めている。堂々たるものだ。見ちゃいかんものにそんなに堂々と存在されると、こちらの身がちぢむんだが。三原さんに背を向けてストーブの前にしゃがみこむ。
赤々と熱せられているストーブのなにか網みたいなところを見つめる。集中だ。よく見ると熱せられた金属というのは美しいものだと気づいた。
「ねえ、渡辺は見ないの?」
「え、なにを? 面白いアニメでもあるの?」
「アニメの話はしていない」
ですよね。
「え? えーと」
心が乱れてしまった。ストーブにあたりながら木枠の窓の外へ目をやる。月の支配する世界。この部屋の中は三原さんに支配されている。
「女の子の裸に興味ないの?」
「きょ、興味ないかっていうと。まあ、普通に?」
「あるんだ」
「普通にだぞ?」
「だよね、心配した」
全裸の女の子に、女に興味がないと心配される僕。不憫すぎる。
「渡辺とこんなに話したのってはじめてだよね」
「女子とはあまり話さないだろ、男子は」
「そうかなあ。わたしのこと避けてない?」
「そんなこと」
なくもない。三原さんは同級生なのに大人みたいなんだ。背がちいさくてまるっきり子供な僕が話しかけるには勇気がいるし、三原さんとなにか話しているシーンなんて想像もつかない。男子はほとんど僕と同じはずだ。三原さんが男子と話しているのは見たことない気がする。気おくれってやつだな。
「となりの席なのに寂しいなって思っていたんだ」
「こ、こんな風に、学校の外でふたりきりなら、話しやすいかもしれないな」
なにを言っているんだ僕は。ナンパか? ふたりきりで会いたいと言っているだろ、これでは。そんなこと思ってないぞ。
「よく釣りするの?」
「気分がもやもやすると、かな」
「すっごくわかる」
「本当?」
つい振り向いたら三原さんの裸に出会ってしまって、あわてた。
「ご、ごめん」
「なにあやまってんの? 見られたくなかったら服着ればいいんだし。見ていいんだよ?」
なにその心の広さ。やっぱり三原さん、わけわからん。というか、いまなんつった?
「服、あるの?」
目を反らしつつ、振り返る。服あるなんて聞いてないぞ。
「そりゃ、家から裸で海まで行ったら捕まるでしょ」
いやいやいや、どこでだって裸でうろうろしてたら捕まるだろ。捕まらなければいいってものでもないし。
「服あるなら着てよ、話しにくい」
「しかたないなあ。わたしもTシャツにパンツでいい?」
三原さんの服は濡れてないだろ、なんで僕と一緒にしようとするんだ。
「いい、いい。いいから早く着て」
「ぷふふ。面白い」
面白くない!
三原さんは、面白いと言いながらTシャツを着てパンツを履いた。着替えるところを観察していない。結果を観察したのだ。今の状態でも過激ではあるんだが、さっきよりはましだ。
「さっきのつづきなんだけど、渡辺が釣りするときは教えてよ。わたしも泳ぎにくるから」
今はどうにか見られる姿になったから、三原さんの方を見て話せる。ソファにあぐらをかいていて、Tシャツの裾がパンツを隠したり隠さなかったりするのは微妙なところだが、セーフとする。審判の判断は絶対だ。床にすわった僕からすると目の前が三原さんの股間なわけだが。すこし頭をあげ気味にしたらなんとか三原さんの顔を見ている感じで話せる。
「今日だけじゃないの? 泳ぐの好きなの?」
「泳ぐのっていうか、冷たい海につかると頭のもやもやがスッキリするんだ。渡辺の釣りみたいなもんだね」
さっき、すごくよく分かるといったのはそういうことか。夜に行動するのに僕と一緒のほうが安心ということだろう。なにかあったときに役に立つ気はまったくしないけど。
僕はどうだろう。今ごろひとりで泳いでるかもなんて思いながら、部屋で落ち着いて勉強していられるか? 無理だな。ということは、答は決まったか。どう? と聞いてくるから。
「僕でよかったら」
なんかちがうな。告白されたみたいな答えじゃないか。言ってから気づいた。でも、ほかになんと言ったらいいかわからない。
「やった。楽しい思い出ができそう」
そうかあ?
三原さんは、いい思い出をつくって死ねたのかな。僕にはわからない。
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