第14話 笹井さんと手が重なって、きゅん?

 朝の約束どおり、亜衣さんと帰宅することになった。わたなべと一緒に帰宅部が実現してしまった。ま、いっか。たいした問題ではない。と、言いたいところだが、そうでもない。

 僕たちは怖ろしい悪魔にツケられている。

「ねえ、殺気のオーラが怖いんだけど」

「バカ、振り向くな。目が合ったらやられるぞ」

 笹井さんが殺意をみなぎらせて後ろをついてくる。ゆらりゆらりと体をゆらしながら。うつむいているから表情はわからないけれど、オーラでわかる、僕たちを殺す気だ。

 どんなホラーだよ。バールのようなものをアスファルトの上で引きずって、ザラザラとした音をさせている。なにかあれば、あのバールのようなもので頭をカチ割られるにちがいない。刺激してはダメだ。

「あ、ボクこっちだから」

 十字路で右を指している。学校を出てまだそれほど歩いていない。嘘だっ、僕の家のちかくって言っただろ。いや、デマだとは思っていたけれど。僕ん家は左だ。

「あ、こら。ひとりだけズルいぞ。むしろひとりになる方が危ないだろ。一緒にいた方がいい」

「わたなべの方に行くよ、きっと」

 なんとなくそんな気がするぞ、僕も。

「じゃ、そこで引き留めてね」

「あっ、僕もそっちに」

 元ソフトボール部のダッシュ力で逃げられてしまった。薄情ものー!

 ど、どうする。ダメだ、もうおしまいだ。ちかづいてきた。

「笹井さんも、今帰りなんだ」

 にこやかな笑顔。ひきつってはダメだ。自然体で。

 むーりー。恐怖で表情がひきつってしまう。

 ザラザラとバールがアスファルトをこする音が近づいて。本体である笹井さんがゆらーんと、僕の目の前に顔がやってきた。ひぃっ! ショッカーかよ。

 ん? 前にもこんなことが。僕じゃなくて、鹿島だ。鹿島がひぃっと言ったのをショッカーかよとツッコんだのだった。もしかして、あいつもこんな目に?

 今の笹井さんの目は、鑑賞用ではない。死の炎が目に灯っている。恐怖でちびってしまいそう。でも、目を反らしたらやられる。本能が必死になって教えてくれているぞ。

「い、一緒に帰ろうか」

 顔を引いて、もう腰が痛いくらいに反っている。それでも目の前に笹井さんの顔がある。

 目から、炎が消え、闇に。

「うん。いいよ」

 抑揚のない声。ゆらんとうしろにさがって、バールのようなものをバッグにしまう。それバッグにはいるの? 大きさがバグっている。顔をあげた笹井さんは、いつもの笹井さんだ。目が宝石になっている。

 ふぃー、死の危険は去った。あ、なんか足に力はいらない。歩き方がヘンになってしまうぅ。

「どうしたの? 行こ?」

「お、おう」

 しばらくはよちよち歩きになって帰った。


 亜衣さんと僕で一緒に帰ると約束したから、仲間外れにされたと思ったのだろうか。だったら、一緒に帰ると言って混ざればよかったのに。僕の心は広くなっていたのだから断ったりしない。恐怖を経験した今となっては断れないんだけど。

 三人で帰ることもできずに僕とふたりだけで帰ったわけで。亜衣さんと一緒には帰れなかった。笹井さんが納得したならよいのだけれど、やっぱり声をかけてくれればよかったんじゃないか。笹井さんの怒りの法則は謎だ。

 家に帰って安心したら、なんだか疲れ切ってつぎの行動に移れない。しばらく、こうしてソファーにぐったりしている。だが、僕は出かけなければならないんだ。なぜなら、本屋が呼んでいる!

 三ツ矢サイダーでエネルギー・チャージして自転車をこいだ。本屋では新刊コーナーへ。自動ドアをはいって右! 棚から突きだした台を回りこんですぐのところが小説の新刊本のコーナー、海外文学、社会学系、科学系の新書ときて、つぎが小説の新書だ。

 僕が買いにきたのは、京極夏彦の「鵺の碑」、「ぬえのいしぶみ」と読む。ぶ厚くて塔を形成しているはずだ。うん、これだな。金色の帯、表紙カバーは滑稽味のある妖怪の絵。朝から僕のテンションをいくらかアゲていたのは、こいつだ。

「あっ」

 本を取ろうとして伸ばした手が、となりのひとの手と重なった。さわっと軽いタッチで心地よい。ここは図書館ではないぞ。そんなロマンスが発生するのはおかしい。

「すみません」

 手をひっこめ、声をかけつつ首をめぐらすと。

「って、笹井さん」

 笹井さんは手を胸に抱きとめていた。いや、大げさだけれど、もう一方の手で包むようにして胸の真ん中に抱えているんだ。季節的に静電気が飛んだってことはないはずだけれど、痛かったのかな。僕は静電気をため込む体質なんだ。

 笹井さんとこんなところで本を取ろうとして手が重なって、あってなるなんて、デキ過ぎだ。これは運命と呼ばなくてはならない。ベタな運命だな。

 新刊の発売日に一緒に帰って、ミステリー好きが本屋にきたのが同じタイミングだからって、運命とは言えないか。

 この状況はどう考えたらいいんだ。知らない女のひとだったら、痴漢よ! ちがうんです、冤罪です。でも、手に触っちゃったしな。わざとじゃないんです。あくまでシラを切る気ね、訴えます! となって逮捕。キミ三原さんのとなりの席だね、殺したのはキミなんじゃないか。でもって裁判に。有罪、死刑! ぎゃー。となるかもしれなかった。あぶないあぶない、笹井さんでよかった。

 よかった、のか? 笹井さんだとどうなる? 渡辺くん、わざと手を触ったね。クラスメイトだからって手を触らないよね。わたしのこと好きなの? キラキラ瞳。好き。じゃあ本当のこと教えて、三原さんを殺したの? うん、殺した。やっぱりダメだぁー!

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