第13話 笹井さんに殺される?

 体育の授業が嫌いだ。体を動かしたくないというのもあるが、最大の理由はこれだ。

「あ、俺の方が大きいな」

 そう、背の順というやつ。体育の授業では背の順でならぶ。学年集会なんてものでも同じだけれど、体育の授業の方が回数が多い。新学期の授業のはじめは、お互いに背をくらべて並び直してゆく。

 並びが決まった。僕は前から2番目になってしまった。なんでだぁー! 僕の前にいたやつらの背が伸びたのに対して、僕の背が伸びなかったからなんだが。縮んだわけではない。伸びなかっただけだ。

 なぜほかの人間の背が伸びて僕の背が伸びない。おかしいだろ。頭脳に栄養をとられているからか。頭良すぎるのがいけないのか。いや、一番前にいる向田はたいした成績ではなさそうだ。頭のよさは身長と関係ないな。

 笑い声が聞こえて振り返ると、女子の列のうしろのほうで亜衣さんが笑っていた。僕がショックを受けていることに気づかれたか。

「わたなべ前から2番目。おもしろい」

 やっぱり。なんでも面白がるやつだ。亜衣さんはわざとらしく腹を抱えている。そこまで笑ってないだろ。

「遠くからそんなことで話しかけてくるな」

「アイちゃんにはやさしくしてやれよ」

「お前もだよ」

 亜衣さんのとなりから鹿島までカランできた。イケメンなうえに背が高い。くそっ。


 体育の授業は短距離走だった。女子は体育館に移動して機械体操をやったらしい。今は給食を食べ終わって昼休み。

「わたなべ足速いの?」

「そこそこかな」

 足の速さはある程度までフォームで決まる。正しいフォームを知っていて実行できればそこそこ速く走ることができるのだ。めっちゃ速く走ろうと思えば体格やら筋力やら才能やらに左右されるわけだが。中学の体育の授業程度ならそんなものは必要ない。

「部活は? なにやってるの」

「なにも」

「亜衣さんは? 運動神経いいよね。運動部?」

 笹井さんが僕をはさんで亜衣さんに話しかける。僕はどうしたらいいんだ。身の置き場がない。言葉をよけようとして体を前後に振るあやしい動きをしてしまった。

「ボクはソフトボールだよ。カキーン」

 バットを振って打つフリをした。ショートカットのボクっ子、それっぽいな。

「うちの学校ソフトボール部ないよ」

「そうなんだってねえ、残念。わたなべと一緒に帰宅部にしようかな」

「僕だけじゃないぞ、帰宅部は」

 僕をおとしめようとするな。

「ちがうよ、わたなべと一緒に帰る部って意味」

「そんな部はない」

「ちぇー」

 なんなんだ、このトンチキは。

「なんでそんなに僕と帰りたいんだよ」

「三原さんって、殺されちゃったんでしょ? 犯人はまだ捕まっていない。ボクは探偵なのさ。わたなべを疑ってるんだよ」

 なっ?

「なんで僕?」

 すごい鋭いやつなのか? 亜衣さん。アホっぽいボクっ子は演技だと言うのか。

「となりの席だったから疑ってみる価値はあるでしょ? なにも疑わしいところがなければ容疑は晴れるよ。でも、かたくなに一緒に帰るのを拒否するのはあやしいってことさ」

 関係ないだろ。たんにヘンなやつと一緒に帰るのは御免だってだけだ。だが、笹井さんにも疑われている。ふたりともなぜ僕に目をつけるんだ。僕はなにか失敗していたのか?

「って、不謹慎だった?」

 冗談かよ! 本気にしたじゃないか。

「三原さんととなりの席で仲良かったの?」

「となりの席だからって仲良くならないだろ」

「そうなの? ぐすん」

 いまいましい演技。涙をぬぐうしぐさをしている。亜衣さんと仲良くする気はない!

 笹井さんを見るとさみしそう。笹井さんとは仲良くしたいぞ。いや、ダメだ。僕は人殺し、笹井さんに疑われている身なんだ、仲良くなるなんて可能性は考えるな。ああ、悲しみのあまり笹井さんが涙を拭って。ん? 涙出てないだろ。亜衣さんのマネかぁー! なんなんだよぉー!

「笹井さん、涙出てないよ」

「ダメだったかぁ」

 ダメじゃない。笹井さんの演技にならダマされたいぞ。練習して演技うまくなってくれ。また罠にハマってる。


 新学期がはじまると、実力テストなんてものもある。難関私立を目指して勉強に励んでいる僕にとってはテストのうちにも入らない。軽い頭の体操といったところだった。さっと通り過ぎた感じだな。


 新学期から2週間、待っていた日がやってきた。朝から僕のテンションは高かったかもしれない。

「わたなべ、おはよう」

「おう、おはよう」

 さわやかな朝だ。小鳥のさえずりが聞こえる。亜衣さんの髪型もいっそうスッキリして見える。席に到着してカバンを机に載せる。

「今日は涼しいね」

「そうだな。気持ちのよい朝だ」

「1日天気がつづくみたいだよ」

「素晴らしい。授業なんてやっている場合ではないな」

 カバンの中身を机の引出しに突っ込む。引出しにはなっていないんだけど。

「帰ったらなにするの?」

「窓を開けて、気持ちのよい空気をたっぷり吸いながら勉強しようかな」

「いいねえ、勉強がはかどっちゃうね。放課後は一緒に帰るのはどう?」

「そうだな、一緒に帰ろう」

 あれ? ま、今日くらいいいか。僕の心は太陽系くらいに広がっている。亜衣さんだろうと誰だろうと一緒に帰ってやるぜ。

「いぃっ!」

 いってぇー! スネに衝撃が走った。

 がったっ。

 がっ。スネを抱え込もうとして足をあげたらヒザが机の角を蹴り上げて、ヒザまで痛いことに。被害は大きいぞ。体をまわしてイスにすわる。スネとヒザをなでる。

 なにが起こった。体は笹井さんの席を向いていて、いつの間にか笹井さんが登校していて、バッグにバールのようなものをしまった。バール? あいかわらず物騒なものを持ち歩いているな。まえはバッグにスタンガンを隠し持っているところを目撃してしまったし。

 ということは、笹井さんがバールのようなもので僕のスネを殴ったのか。なんでだぁー。唐突すぎるだろ。登校してきたことに気づかなかったから腹を立てたのか。そんなことくらいでスネをバールのようなもので殴られていたら僕はすぐに歩けなくなってしまうぞ。

 笹井さん探偵かと思ったのに、じつは殺人鬼の方だったのか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る