第11話 笹井さんは帰りたい
放課後、やっと終わった感がある。新学期初日で授業がなく、まだ昼前だというのに。疲れた。帰ってノンビリしたい。
笹井さんは胸の痛みがひいたのか、しばらくして伊吉さんと一緒にもどってきていた。伊吉さんにまでひんやりと睨まれた気がしたけれど、仕方ない僕は犯罪者だ。
「わたなべ、一緒に帰ろう」
「嫌だよ! なんでだよ」
意味がわからん。なぜ転校生と一緒に帰らにゃならんのだ。僕の心の平安を乱すな。
「だって、引っ越してきたばかりで友達いないし、道もよくわからないから不安なんだもん」
急にしおらしくなるな。雑に扱いにくくなるだろ。
「さらに言っちゃうと、わたなべの家に招待されたいな」
「はっきり断っただろ、家にまであげてたまるか」
転校生、初対面の男の家にあがりこもうだなんて、気づいたら家に住みついてるんじゃないか。危険だ、つけ入る隙を与えてはいかん。
「まあまあ、アイちゃんにはやさしくしてやれよ。一緒に帰るくらいいいじゃないか、ラブラブで。ひっ!」
ひっ? なんだその斬新な語尾は。ショッカーにでもなったつもりか。アイちゃんというのは転校生の名前なんだろうな。先生の話を聞いていなかったから名前も知らんけど。鹿島のやつ、いつの間にアイちゃんなんて呼ぶほど仲良くなったんだ。
アイちゃんというと、AIのアイちゃんか? アンドロイドだったりするのか。それなら納得。謎の転校生の正体としては合格だ。
「そ、そうだ。笹井さんも一緒に」
「鹿島は部活だって言ってただろ」
「俺のことはいいんだ、渡辺がふたりと帰れ」
鹿島はチャラけたバドミントン部だ。バドミントン部がチャラけているわけではないが、バドミントン部の鹿島はおチャラけている。イケメンの上に運動神経がよい。アホだからなにも考えずにいくらでも練習できて、いまではなかなかの実力らしい。女子バドミントン部と楽しくやっていると聞いた。
一緒に帰らない人間がなぜ僕にふたりと一緒に帰れと言ってくるのか、解せぬ。これは罠か。罠だな。鹿島は笹井さんのスパイ、笹井さんの差し金で言わされているにちがいない。
もしかして僕が転校生を殺そうとするのを期待しているのか。期待はちがうか。だが以前、廃工場に自分から連れ込まれようとしていた。僕が笹井さんを殺そうとすると思っていたにちがいない。
余計な心配だな。ひとりで帰れば問題解決だ。
「僕は誰とも帰らない。孤高の存在だからな」
手を突きだす。ちょっとイタいか。だが、身を切ってでも鹿島の企みから逃れなくては。
「おお、ちょっとカッコいいね」
カッコよくないだろ。転校生、ちょっとアレなのかな。たぶんアレだな。ボクっ子だし。
「やっぱり一緒に帰ろう」
「だが断る!」
こんなセリフまで。僕はドンドン傷ついているぞ。これは消耗戦か。
「家はどこなんだ。まずはそこからだろ」
「えっとぉ、たぶんわたなべの家のとなりくらいかな。すぐ近くだよ、きっと」
嘘つけぇ! そんなわけないだろ。僕ん家知らないくせに。嘘ついてまで一緒に帰りたい理由がわからん。ますます一緒に帰ってたまるかっ。
どうする。走って振り切るか。僕は運動したくないんだが。相手の体力がわからないのに試すのは得策ではないな。なにか足止めする策を考え出すか。頭脳明晰な僕が本気を出せばそのくらいのアイデアは南アルプスの天然水くらい滾々と湧き出てくる。南アルプスの天然水は湧き出ているのか、それともくみ上げているのか知らないけどな。
「よおし、わかった。その挑戦受けて立つ!」
「ボクは挑戦してるつもりないけど?」
「数学の問題集で、この応用問題を解けた者から帰ってよい。解けるまで帰れない。僕より先に解けば一緒に帰れるぞ」
「いいよ」
なぜ笹井さんがやる気になっているんだ。まあいいか。笹井さんは、体力がないことが見るからにわかる。いざとなれば振り切れる自信はある。
「ええー、わたなべがルール決めるのズルい。自分に有利な条件つけてくるー」
「僕は妥協してやってるんだ、嫌ならひとりで帰れ」
「横暴だぁー、独裁者だー」
「殺人犯」
んん? 笹井さんが僕の背中でなにか言った? 小声で殺人犯って? さつまいもパンの聞き間違いかな。9月だしな、きっとさつまいものおいしい季節だ。女子はさつまいもが好き。
レフェリーを押しつけた鹿島と転校生を置いて僕は帰りの支度をはじめた。ふっ、作戦勝ちだな。得意な土俵で戦う。勝負事の鉄則だ。
「そういや、転校生。上の名前はなんて言うんだ?」
「上の名前?」
「姓というのか、名字か、そんなやつ」
「アイだけど?」
「いや、下の名前じゃなくて」
AIのアイちゃんな。栄相でエイアイなんつって。エイアイアイ、ヘンな名前。
「亜衣だよ」
ノートに書いて見せてきた。見ない名前だが、こんな名字あるのか。アイちゃんは上の名前だったのか。まぎらわしいぞ、鹿島のアホ。安藤だったらアンドロイドっぽくてよかったのに。
「亜衣なんて名字、出席番号ぜったい1番だろ。亜さんか、嗚呼さんでもいないかぎり。いたな、亜愛一郎」
「ぷっ」
笹井さん読んでるのか。マニアック。僕は知っているけれど、読んだことはないぞ。一般人。
背中を押されて歩きだす。首だけ振り返ると笹井さんが僕の背中を押していた。崖から突き落とそうというのではないはずだが、なぜ背中を? そのまま教室を出る。
「亜衣さんが問題解けないうちに帰るんでしょ」
そうだった。本当はひとりで帰りたかったんだが。
「ただいま」
「おかえり」
ラノベやアニメだったら、家に帰ると転校生が先にリビングでくつろいでいてズッコケる、なんでお前がぁー、今日からここに住みますって展開が待っていたりするわけだが。
「ココノ、ただいま」
現実はエライものだ、転校生の姿はない。アイスをかじる妹がいるだけだ。手がつい頭をなでたがって、だが左手が押さえ込んだ。またキモいなんていわれたら3日寝込んでしまうからな。
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