第9話 妹は僕が守る! キモくない。

 気の休まらない夏期講習が終わった。やれやれ、僕の勉強の実力は、たぶん停滞している。だって、笹井さんがいて勉強にならなかったんだ。とほほ。

 学校がはじまるまですこし日がある。宿題のポスターは間に合うだろう。今日は夏期講習の復習をしてだな、重要な単元を片っ端からマスターしていかねばならん。うん、そうだな。

 ぴーんぽーん。

 玄関のチャイムが遠くで鳴る。今日は母さんが休みで家にいるから僕が出ていかなくても大丈夫だ。机にテキストとノートを広げる。はじめから問題を解いていこう。まずは数学だ。練習問題1の(1)。廊下をあがる足音がして、部屋のドアがノックされる。

 母さんかな、これから勉強はじめるところなのに。

 がちゃ。

「おーす」

 返事をするまえにドアを開けたのは鹿島だ。ノックがなんなのか、理解していないようだな。

「返事をする前に開けるな」

「エロい雑誌でも見てるかと思って、現場を押さえようってな」

 エロ本が好きすぎるだろ。僕らは中二だっての。エロ本を買いたくても売ってもらえない。むしろ、鹿島がエロ本を所有していて日夜鑑賞しているのではないかと疑わしくなる。だったらこっちにも共有しろ、ひとり占めはよくない。

 そうではなかった。鹿島は笹井さんのスパイ、早く追っ払わなくては。

「なにしにきたんだよ、鹿島。夏期講習の復習で忙しいんだぞ」

「遊びに来たわけじゃねえよ、ちゃんと勉強道具もってきてるだろ」

 肩にかけたバッグをポンポンと叩く。

「家だと遊んじゃうからな、テーブル貸してくれ。邪魔しないから」

 存在が邪魔なんだが。しかもスパイなんだ。母さんが家にいたことが裏目に出たな、鹿島の侵入を許してしまうとは。実力行使でつまみ出すしか。

「笹井さんたちは図書館で勉強するって言ってたし、俺達も一緒に勉強しようぜ」

 なっ、なぜ笹井さんの行動を把握している。くやしい。いや、だな。笹井さんたちと言ったからには、おそらく伊吉さんが一緒なんだ。鹿島は伊吉さんと仲がいいからな、笹井さんといっても伊吉さんのことを言っているんだ。ふう、あやく罠にハマるところだったぜ。

 はっ、これはむしろチャンスなのでは。アホの鹿島から笹井さんのことを逆スパイできる。くっくっく、うかつだったな笹井さん。僕にスパイを差し向けたつもりだろうが、逆にアホ島を利用して笹井さんのことを丸裸にしてやる。いや、表現がおかしかったな、丸裸なんて。全裸の笹井さんが胸と股間を手で隠していやーんみたいなことを想像してしまうだろ。やめろ、僕のバカー!

 鹿島から笹井さんのこと、いろいろ聞き出してやる。これだな。危なかったぜ、笹井さんを辱めるところだった。もう手遅れだった気もするが。

 ともかく、今は勉強をはじめないことには僕の夏休みが無駄に終わってしまう。勉強に疲れて息抜きをするときだ、鹿島から笹井さんの情報を聞き出すチャンスは。


 集中していて時間を忘れていた。ノックの音に現実に引き戻された。

「はぁーい」

 母さんかな、麦茶でももってきてくれたとか。イスを立ってドアを開ける。妹のココノがお盆に麦茶のコップと菓子のはいった深皿を載せて立っていた。おおう、大丈夫か。よく階段をあがってきたな。ほめてやりたいところだけど、先にお盆を置かせてやらなければならない。

 ドアを開け放つ。

 そろりと歩いて、テーブルにゆっくりとちかづき、お盆をしずかに載せた。

「はあ」

「えらい! えらいぞぉー、ココノちゃん。よくガンバった」

 僕の前に鹿島が声をあげた。

「ひぃっ」

 おびえてココノは僕の背中に隠れた。妹は避難の仕方を知っている。すばらしい。普段は邪魔くさいこともあるけれど、こんな風に頼りにされるとお兄ちゃんが守ってやるという気持ちになる。

「どうしたのかなぁー、鹿島お兄ちゃんは久しぶりだから恥ずかしくなっちゃったのかな」

「カシマ、キモい」

 僕の腰のあたりから顔だけ出して、鹿島を刺しに行く妹。いいぞぉー。もっとエグってやれ。と思ったけれど、その必要はないようだ。鹿島は目から汚い水を流している。イケメンが台無しだ。そんなにショックだったか。

 いや? これはちがう。僕にはわかる。

「ココノちゃんに、反抗期がやってきたんだね。あんなヨチヨチ歩きだった子が。子供の成長のなんと早いことよぉー!」

 兄として妹の成長をよろこぶ涙だった。反抗期でもなんでもないが。鹿島は性癖をこじらせすぎている。兄でもなく、ただの変態だ。

 鹿島は戦闘不能状態になった。放置しておこう。

「ココノ、もう大丈夫だぞ」

 妹に振り返って腰を落とす。

「麦茶、ありがとうな」

 ぱしっ。

 なでなでしようとした僕の手は、ココノに払いのけられた? なんだこれは。なにが起きている。世界は滅ぶのか。

「お兄ちゃんもキモい」

 ヴォオー! 涙が流れ出し、心の中で慟哭した。

 中二男子ふたりの夏は、こうして、終わっ、た。(完)

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