第8話 笹井さんは証拠をつかんだ?

 とうとうお盆休みが終わり、今日から塾の夏期講習が後半戦をむかえる。どよーん。気持は重たい。笹井さんからの精神攻撃が再開してしまう。僕は耐えきれるのか。

「おーす」

 教室にはいって席につく。

「おはよう」

「笹井さん早いな、もうきていたのか」

 はっ、しまったぁー! つい、いつもの席にすわってしまったけど、笹井さんのとなりじゃないかー。塾は席自由なんだ。先に笹井さんがきていたなら、遠くの席にすわればよかったぁー! お盆ボケだなこれは。

 いつも笹井さんがあとにきてとなりにすわるから、僕には笹井さんから遠い席に座るという選択の余地はなく、いつもの席にすわる習慣ができあがっていた。罠だったかぁー。罠ではないか。僕がかってにハマっただけだな。

 あえていつもの席を避けてすわるのも、なにかあるのかと疑念を生みかねない行為ではあるしな。仕方ない。


「はいこれ」

「これは?」

 中身でふくらんだ紙袋だ。なんだか恥ずかしげに差し出している。笹井さんがくれるものって、受け取ってよいものかどうか。恥ずかしそうだからと言って脱ぎ立てパンツとかではないだろうし、爆弾でもないだろうけど。爆弾だったら一緒にドカンだ。なんだろうな。

「お盆にお母さんの実家に行って、おみやげだよ」

 みやげ、それはうれしい。うちの両親は市内出身で面白くもなんともないからな、親の実家に帰省とかあこがれる。

「ありがとう。うれしいな」

 笹井さん、いいひと。てか、デカいな。両手でもって、顔が隠れるんじゃないかって大きさだ。

「開けていい?」

「うん、開けて開けて」

 なんだか楽しそう。僕をよろこばせる自信があるみたいだ。机の上で紙袋を開けて中身を取り出す。んん? 鬼みたいな形相の人形が包丁を突き出している。これはアレか。

「なまはげだね。秋田だっけ」

「うん、そう。かわいいでしょ」

 かわいくはない。リアル寄りのなまはげだぞ。部屋にかざったら夜うなされそうだ。

「お母さん秋田出身なんだね」

「ちがうよ、青森。帰りに秋田に寄ったんだ」

 それでこのチョイスかぁー? 青森にはリンゴとかあるだろ、みやげによさそうなものが。なぜスルーして途中でみやげを買う。しかもなまはげ。

 はっ、これは警告。お前の悪事はお見通しだというメッセージなのか。なまはげは僕だ、ナイフを持った殺人鬼。それとも悪いことした犯人を追い詰めて処刑するぞという意思表示か。そうだ、笹井さんだった。恐ろしいひとだ。

「あぁ、そう。青森か。おみやげ大切にするよ」

「よかった、気に入ってもらえて」

 笑顔がまぶしい。どのあたりが気に入っていそうに見えたのか謎だ。


「ああ、笹井さんいた!」

 けたたましく教室にやってきたのは鹿島だ。って、笹井さんになんの用だ。気になるわけではないんだが。

「忘れないうちに返そうと思って」

 バッグからなにか取り出そうと手をつっこむ。

 ガタッ!

 笹井さんが突然立ち上がって、鹿島の手を押え込み背中をグイグイ押して連れ去る。なんだなんだ? 鹿島が取り出そうとしたものはカメラっぽかったような。

「けっこうガンバったでしょ」

 鹿島は背中の笹井さんに話しかけるけれど、笹井さんの方は聞いちゃいねえといったところだ。なにをあんなにあわてているんだろ。

「いいから、黙って」


 気になるわけではないんだが、もどってこない笹井さんの様子を見に行こうか。トイレにも行っておきたいしな、授業の前に。

 立ち上がろうとしたところに与田がやってきた。

「おはよ」

「おーす」

「鹿島と笹井さんが廊下にいたけど」

「話があるみたいで、笹井さんが鹿島の背中を押してつれてったんだ」

「ふーん、渡辺のこと話してるみたいだったけど、気のせいか」

 僕のことだってぇ! 笹井さん、鹿島から僕の情報を引き出そうということか。だが落ち着け、鹿島から引き出せる情報なんて役に立つはずがない。問題ない。

「なんか妹のアイスがどうとかって」

「なあにぃ」

 ココノのことはお兄ちゃんが守る! うん? アイスと言ったら夜のあのときだな。そんな話は笹井さんにとってなんの意味もない。いや、僕が夜に出かけたってことが興味を引いたのか。

 もしかして、鹿島はスパイ? カメラはスパイ道具として笹井さんから支給されていたのか。お盆休みのあいだ、やけに鹿島と出くわすと思ったんだ。つけられていたってことかぁー。僕としたことが、鹿島なんかの尾行に気づかないなんて! 不覚だ。

 笹井さんめぇ、スパイを使うとは卑怯な。鹿島はどうしてくれよう。消すか。うん、消そう。


 結局気になって教室を出てきてしまった。いや、気になったわけではない。トイレだ。トイレに行こうと思ったんだ。

 廊下の窓に向かいふたりならんで立って話している。気にしていないが、なんとなく声が聞こえてくるし、なんとなく様子が見えてしまう。めちゃくちゃ気にしとるがな。

 笹井さんはスマホを鹿島に見せている。鹿島がなにかを解説しているみたいだ。いや、見てない。見てはいないが、スマホの画面に映っているのは、ったぁー! 見えねえ。手前の鹿島が邪魔! カジャマ。

 トイレを済ませて廊下に出ると、ふたりともいなくなっていた。教室で席につく。笹井さんはとなりの席にいてほくほく顔だ。鹿島から有力な証言が得られた、なんてことはないはずだけど。

 先生がきて、授業がはじまる。なまはげは紙袋にもどした。

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