第7話 僕には妹がいる。
暑かったぁ。墓参りから帰ってきて車からおりたところだ。さすがに車の中はクーラーが効くわけだけれど、乗っている時間が10分くらいのものだから、やっと後ろの席も涼しくなったかなと思ったら着いた。僕自身はホットだ。
車から出たらまた暑い。きっと家の中も暑い。うへぇ。だが僕は元気だ。なぜなら笹井さんの姿がないからな。肩がかるい。足もかるく感じる。お盆バンザイ! 一年中お盆でもいいくらいだ。
もう7時になろうというのに空は明るい。まだ夕方の雰囲気だ。おっと、空なんて見ていたら、みんな家にはいってしまった。僕のためにエアコンをつけておいてくれたまえ。
ノブに手をかける。キラッとまぶしい。一瞬のことでどこが光ったかわからなかったけれど、たしかにちいさく光った。目の前は玄関ドアで、光る仕組みはない。反射か。振り返る。変わったところはない。いつも玄関を出て見る景色だった。
まったくなんてことだ。夜の道を自転車でゆく。風は生暖かく、ペダルをこぐから体は暑い。あっついな。コンビニへアイスを買いにゆく。なんという苦行なんだ。
なぜ夜にアイスを買いにゆくのか? 父さんが夕食後にアイスを予定外に食べたせいで、妹のアイスが不在になったからだ。父さんの分なんてはじめからないってのに。わかりきったことだろ。責任を取ってアイスを買いにいけと言いたかったけれど、ビール飲んじったなどと、かわいくねえよなことをヌカした。僕なら自転車ですぐだということに。僕の分のアイスも買っていいそうだ。当たり前だ。お盆は平日なのに一日中父さんが家にいるのがダメなところだ。
自転車を駐めて明るい店内へ。くふぅー。涼しい。Tシャツの裾をパタパタして涼しい空気を送り込む。雑誌コーナーの前。小さなしあわせ。一日を丁寧に過ごすとはこのことだな。なのに、ガラスの向こうに会いたくない人間の顔を発見してしまった。台無し。顎で合図して入ってこさせる。
「おう、渡辺。元気そうだな」
まあ元気だが。笹井さんがいないからな。肩がかるい。それはもういいか。外にいたのは鹿島だ。
「おう、じゃねえよ。外でなにしてたんだよ」
「夜のコンビニに知った顔があったから、エロい雑誌でも買うのかと思って観察していただけだ」
するなそんな観察。刺されるぞ、僕に。鹿島ならためらわずに刺せる。ササッてなもんだ。
「アイスを買いにきただけだよ」
「それだけぇー? 渡辺ならアイスを我慢しそうなものだ」
「おもに妹のな」
「それは仕方ない」
やたら妹が好きな変態なのである。顔はイケメンだから、そのくらいの汚点がないと付き合いにくいというものではある。他人のザンネンポイントはいくらあってもよい。
カゴを持ってきて僕の手を引き、アイスのコーナーでカゴにポイポイと入れる。そんなにいらねえ。
「そんなに買わないぞ」
「これはココノちゃんのだろ。お前はなんにすんだよ」
その中に僕の分ないのかよ。まあいいや。パピコ、コーヒー味。カゴに入れようとしたら逃げられた。
「うん?」
「自分で買え」
「そっちは鹿島が出すってこと?」
「妹の分はお兄ちゃんが出さないとな」
そこまでの変態とは思ってなかった。お前はまったき他人だよ。
コンビニを出たところで鹿島にパピコを分け与え、鹿島がぶちっとアイスの口を開けたところで自転車ダッシュ。鹿島を振り切り、予想どおり妹に会いたいと言ってついてこようとした、もう夜だぞ迷惑だ、このヘンタイ! 妹はお兄ちゃんが守る! 変態が感染った、家に帰りついた。振り切ったと言っても、鹿島の家はななめ向かいなんだ。玄関を出たところから見上げると鹿島の部屋が見える。幼馴染というやつになってしまうが、認めたくはない。
大量のアイスを見て妹はハシャいだけれど、鹿島が金を出したことは伏せた。むしろ鹿島の存在自体を隠蔽したく思う。
夏休みの宿題にポスターを描かせようと考え出した人間は呪われろ。殺人的な太陽のもと、僕にヘルメット着用で自転車をこがせているのが、まさに呪われるべき人物である。
ポスターを描くには画用紙が必要なんだ、知ってたか? 塾の夏期講習がお盆で休みのあいだに手をつけなければあとで大変なことになる。ということは今日だ。今日画用紙が必要だと言うのに、誰も用意していないんだもんなぁ。僕だけど。画用紙のことなんて思いつかなかったぞ。
頭の中でぶつくさ文句を言いながら自転車を走らせていたのだけれど、なんだか嫌な感じがする。誰かに見られているような。自転車に乗って家を出たときにも感じた。ホームセンターに着くまでの短いあいだだったから、気のせいなのかどうかわかりかねる。Tシャツの裾で顔と首の汗を拭く。Tシャツの裾はのびがちだ。
もしかしたら、呪われているのは僕なのかもしれない。呪いがまとわりついて嫌な感じをもよおさせているのではと考えてみる。うん、ないな。呪いだって、バカじゃねえの。
考えながら歩いていたら文具のコーナーを行き過ぎるところだった。ピッと立ち止まる。クキッと通路をまがって、すぐの下のほうに画用紙を発見。サイズがあるからな、慎重さが要求される。まちがったら被害は甚大だ。
「おわぁっ」
間抜けな雄叫びは間抜けな生き物が発するものだ。しゃがみこんだ姿勢のまま顔をあげる。鹿島だ。知ってた。
「出し抜けに間抜けな声をあげるな、赤ちゃんが起きるだろ」
「は?」
僕の高度すぎるギャグについてこられないようだ。こういうのを煙に巻くというのだな。お盆休みだというのに、よく鹿島に出くわすな。邪魔くさいやつだ。
はっ、まさか。偶然を装って僕と接触し、家に招待されて妹に会おうという魂胆か! 僕をつけてきたな。立ち上がり毅然とした姿勢で臨む。
「だが、すべてお見通しだ! 一緒にポスター描こうなんて誘わないからなっ」
「なんの話だよ、さっきから」
あれ、ショックを受けるはずなんだが、期待どおりの反応を示さない。そういうことにしてやるか。追い詰めてはダメだな。
「なにしにきたんだ? 消しゴム全部なくしたのか?」
「なにって、アレだよ。渡辺こそしゃがみこんでなにしてたんだよ」
「僕は画用紙を買いにきたに決まってるだろ。ポスター描きはじめないとキツくなるからな」
「おぉ、俺もだよ、奇遇だな。画用紙買わないとだよなぁ」
ウソくせえ。とはいえ、鹿島を追求しても徒労だ。ほうっておこう。一緒に画用紙を買って帰ることにした。
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