第6話 笹井さんは読み切っている?

 夏期講習の午前の授業が終わった。やれやれ、これで今日は笹井さんの監視から逃れられる。ホッとひと息。

 ホッとしたらお腹がすいた。中学男子は食べ盛り、食欲が具現化したのが中学男子と言ってよい。どうも、食欲です。今日はなにを食べに行こうか、給食では食べられないものがよいな。

「渡辺、なに食いに行く? あ、笹井さんも」

 ちょっと待て、与田。なぜ笹井さんを誘う。しかも親しげじゃないか。いや、ヤキモチじゃないからな。ただ不思議に思っただけだ。

 与田はけっこう仲良くしている塾仲間だ。学校がちがうから笹井さんのことを知らないはずなのに。

「笹井さんのこと知ってるの?」

「渡辺のツレだろ?」

 ナニイッテンノ? という顔をするけれど、ナニイッテンノ? はこっちだよ。

「ツレぇ?」

 ツレってどういう意味だ? 付き合っている者同士ではないのか。一緒にきたってだけの意味のツレなのか。いや、一緒にきたわけでは決してない。ということは? いやいやいや、悩むことはなにもないのだった。僕は笹井さんと関わっちゃいけないんだから、いかなる意味でもツレであるはずがない。

 与田は笹井さんのことを知らずに誘ったということなんだな。余計なことをするやつだ。与田圭一。これからはヨケイと呼んでやろう。まわりに延々田んぼしかないような田舎の学校に通っている。坊主頭で顔も含めて全体的にジャガイモっぽい。イモのわりには人懐っこいやつで、今も知り合いでもないのに笹井さんを親し気にランチに誘いやがった。

 笹井さんはなにか言わないのかと思って顔を向ける。なんだか恥ずかしそう。いやいやいや。そうじゃないだろ、そんな風にされたら否定しても効果がないじゃないか。くそっ。

「えー、ツレねぇ。あははは」

 笑ってごまかす。ごまかせたか。無理があったかな。

「鹿島から言われたんだよ、笹井さんという子が渡辺のツレだから、昼に誘って連れてこいって」

 鹿島かぁー! あいつなに勘違いしてんだ、迷惑なやつだな。鹿島とつるんでいたら悪事は露見するにちがいない。人殺しがバレたらヒドいことになる。

 鹿島は公立志望でAクラスにいる。公立志望ではトップのクラスだ。あれでそこそこ勉強ができる。顔だけよいアホでいいのにな。いや、待てよ。ということは、鹿島は笹井さんが夏期講習でこの塾へくることを知っていたということか。あーっ! あいつが塾のことを笹井さんにバラしたんだな。本当にあいつは敵だ。

「遅いぞ、腹へっただろうが。迎えにきちまったぜ」

 鹿島が教室にはってきた。バカ、死ねっ。

「痛ってえ! なにすんだ、渡辺!」

 足を踏みつけてやった。お前こそなにすんだだよ、まったく。バカシマ! こうなっては仕方あるまい。

「それで、お昼一緒に行く?」

「うん」

 恥じらう少女になるな。話しにくくなるだろ。僕を疑っているくせに。


 ケンタッキーでテイクアウトして、塾の教室で食べた。僕は炭水化物を愛する者だから、チキンでは満足しない。照り焼きチキンバーガーにした。

 マクドナルドでよくない? たしかに。ケンタッキーは僕のチョイスではなかった。まあ、笹井さんが候補の中から決めたんだが。みんな笹井さんに甘い。甘すぎる。きっと、笹井さんがお昼はかき氷にしようと言ったら、全員よろこんでかき氷で腹を満たしたことだろう。満ちるかっ! 水飲んでるのと変わらねえ。ケンタッキーには、僕も反論できなかったんだけどな。意気地なし。

 メンバーは、鹿島、与田、伊吉さん、伊吉さんは葬式のときのお友達枠の女の子だ、笹井さんと僕。まずいだろ、伊吉さんと笹井さんを一緒にしたら。

 鹿島は伊吉さんと仲がよいらしい。学校でも塾でも一緒のクラスだからな。逃げ出したいぞ僕は。

 昼のあと、公立志望組は午後の理科、社会の授業でいなくなる。僕は与田と自習するつもりでいたけれど、笹井さんものこって自習する気らしい。今日はあきらめて帰ろう。

「じゃあ、今日は用事があるから帰るわ」

「なんだよ、笹井さんと自習して行かねえのかよ」

 鹿島、笹井さんと自習ってなんだよ。自習ってのはみずから習うんだろ、孤独な行為なのだよ。矛盾しているだろ。ふたりでやるものだとしても、笹井さんとやるわけにはいかないんだけどな。

 教室を出て階段を降りる。2階に事務室があって、1階は入口のみ、駐車場と駐輪場になっている。僕は自転車できていた。外へ出ると熱気が襲ってくる。日差しも殺人的だ。

「あの、ダメだった?」

 大量の自転車から自分の自転車を見つけ出し、カギをはずしてひっぱりだしたところだった。向きをかえた自転車の前に笹井さんが立っている。

「しつこかったから、迷惑だよね。ごめん」

 どういうことだぁー? なんと答えたらいい? もう僕を疑うのはやめてくれなんて言ったら、いや、疑ってませんけど? なにか疑われるようなやましいことでもしたの? ってことになってしまうし。探偵が容疑者にしつこくしてごめんなんて言うか? 言わないよなあ。こういう場合になんと言っていいか、模範解答がない。勉強なら得意なのにぃ! 答えをひねり出せ、僕の頭脳! 笹井さんは悲しそうな、つらそうな顔をしている。女の子にこんな顔をさせていいのか。ダメだな。

「えっとぉ、用事があるんで。笹井さんのせいってわけでは」

「本当?」

 ひどい答え。ここで嘘って言えないだろ。うなづくしかない。

「よかった。明日は午後も一緒に自習できる?」

「あ、あぁ」

 明日も夏期講習あるんだったー。というか、お盆の週以外は平日毎日夏期講習がある。失敗だ。これじゃあ、学校とかわらないじゃないかー!

 僕の頭脳はポンコツだった。なぜだか晴れやかな顔になった笹井さん。僕は胃がずーんと重くなったぞ。詰んだ将棋の玉将の気分。脂汗がたらり。

 じゃあねと言って去る笹井さんの後姿を見ていたら僕の中で疑惑が浮上してきた。笹井さん、棋士のようにはじめからすべてを読み切って話しかけてきたのか? いやいや、まさかな。そんな優秀な頭脳をしているようなキャラではないだろ。落ち着け、気のせいだ。

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