第4話 笹井さんは見張ってる?
梅雨らしい日だ。外は雨が降っているし、蒸し暑い。今いる室内は地味に涼しい。でも、快適というわけではない。空気がよどんでいる。
今は葬式の最中だ。お坊さんがお経を唱えている。お経のことは知らないから、なにを言っていてもわからないんだけど。無辜のお坊さんを疑う必要もないからお経を唱えているということでよいだろう。僕はお経を必要としていないし。
祭壇の真ん中に女の子が笑った写真が飾られている。写真だと思って油断していると、もやっと切り替わって別の写真になる。フォトフレームのスライドショーだ。葬式ってこんなにハイテクを取り入れてるんだな。そのうち祭壇がLEDディスプレイになるどころか、AIで再現した故人のホログラム映像をご覧くださいなんてことになったりして。声まで再現するだろう。やあみんな、元気? 私は死んじゃったけど、なんて言いだすかもな。弔辞に対する答辞なんて言ってさ。卒業式じゃねえっての。
となりの席には担任教師がすわっている。そのむこうに彼女と仲のよかった女子。女子代表と、僕が男子代表だ。仲のよい男子はいなかったのか、となりの席枠で当選してしまった。なんの因果だよ。彼女を殺したのは僕だぞ。笹井さんがなんと思っていることか。
「大丈夫か?」
「大丈夫、バレてない」
「なんの話だ?」
ん? 担任教師が話しかけてきたのだった。脳内のオシャベリの感覚で答えてしまった。
「渡辺寝ぼけているのか、お焼香の話だ」
教師の視線をたどると、おじさんたちがお焼香をしていた。お経タイムは終わったらしい。あんなものは手本を見ていれば誰にだってできる。バカにしてんのか。うなづいてみせる。一緒にきたのが笹井さんでなくてよかった。さっきみたいなヘマを見られたら、僕への疑いが深まってしまうからな。
お焼香する場所はみっつあって、僕たちの番になったから三人並んでお焼香をした。
葬式がはじまる前、棺に花を入れた。彼女の顔は、お化粧をしていたけれど血色が悪く、土の色みたいになっていた。残念だったな。人間というよりモノだった。死んだばかりのときは透き通るようでキレイだったのに。彼女は人間を超えた存在だった。壊れそうで愛おしく感じた。守ってやりたいと。殺した人間の傲慢だな。彼女の死体は僕のものだという錯覚にすぎない。自分のものが大切なのは多くの人が感じることだ。
焼香のあと葬式も終わるらしく、喪主からの挨拶となった。彼女のお父さんが祭壇の横に立って話しだす。となりにお母さん。妹がお母さんに抱きついている。小学校低学年か。
お母さんはずっとハンカチで目元をおさえている。喪主の挨拶のあいだに嗚咽をもらしはじめ、たかと思っていると立っていられなくなってしまった。妹はしゃがみこんだお母さんの首に抱きつくことにした。お父さんも泣きだして挨拶がつづかなくなった。僕までうるっときてしまい、犯人への怒りがこみあげてくる。許すまじ。僕だな。犯人は僕だった。
葬式は終わって、担任の車で学校へ戻ることになった。独身らしく、乗るのに不便な車だった。子供がいてこの車だったら奥さんにドヤしつけられてしまうことだろう。家庭と引き換えに好きな車にも乗れなくなる。家庭か車か、どちらをとるか迫られる。世の中はキビシイものだ。
前の座席を倒してうしろに女子代表を押し込み、座席をもどして前に僕が乗り込む。閉じた傘が足に押しつけられて、濡れたズボンの感触が気持ち悪い。梅雨は嫌いだ。好きだという人間はすくないだろうけど。
市内のことだから、車はよく知った道を走る。外は明るくなってきていて、雨も小降りだ。もうすぐやみそう。雨がやんだからって、梅雨は嫌いだ。梅雨に甘い顔はしない。
車は学校の裏側から校門をはいり、砂利敷きのエリアへ乗り入れて停まった。教員の駐車スペースだ。車を降りてひと息つく。雨はあがっていて、青空が見えた。
「早く出して」
座席の隙間から女子代表が顔をのぞかせている。そうだった、忘れていた。席横のレバーを引いて座席を倒してやる。窮屈そうに体を脱出させて、やっぱりひと息ついた。空を見る。誰でも同じことをするのだな。
「あれ?」
なにかに気がついたようだ。校舎の窓を気にしている。3階だ。2年生の教室がある。
「笹井さん?」
えっ、笹井さんがいたのか? 廊下の窓から見おろしながら僕が学校へくるのを待っていたのか。待たせたな。って、笹井さんは僕を疑っているんだった。僕のことを見逃してくれるつもりはないみたい。勘弁してくれ。
「ふたりとも、教室に戻って給食だぞ」
午前の授業が葬式で丸々つぶれてくれたのはよろこばしい。
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