第3話 笹井さんは捜査中?
僕は人殺しだ。完璧にうまくやった。誰にもバレていないはず。なのに、となりの席の笹井さんはどうしたわけか僕を疑っているみたいだ。笹井さんはなにを知っているのだろう。
今日も身を乗り出して僕を見つめている。どんなに監視したって、教室であやしい素振りなんて見せないのに。今さらあやしいことをする必要もない。だから授業中はやめてほしいんだけど、おかまいなしにこちらに身を乗り出してくる。授業に集中したいわけではないけれど、見つめられたらヘンな汗が出るんだ。勘弁してくれ。
笹井さんに見つめられながらの授業がやっと終わった。休み時間も自分の席にいるとほとんどの時間は笹井さんに見つめられることになるんだけど。どんな拷問だよ。
「おい、渡辺」
ヘッドロックをしながら話しかけてくる。メンドクサイやつは、鹿島にちがいない。
「笹井がお前のことすっごい気にしてるじゃないか。渡辺のこと好きなんじゃねえの」
本人がすぐ近くでこっちを凝視しているってのになんてことを言うんだ。鹿島のデリカシーなし。お前なんてカシをなくしてマで十分だ。これからはマって呼んでやるからなっ。
マは話しつづけているけれど、どうせ聞いても聞かなくてもよい話ばかりだ。ヘッドロックされたまま首をひねって笹井さんの様子をうかがう。笹井さんはどう思ったんだろう。反応が気になる。別によろこんでほしいわけじゃないんだからなっ。
本を読んでいた。セーフ? いやでも、さっきまでこっち見てなかった? たすかったんだけど。ホームズの物語がそんなに気に入ったのか。笹井さんはすごい集中力で本に向かっていて、見えないバリアが張り巡らされているようだ。マの言葉なんてバリアに跳ね返されたに違いない。そういうことにしよう。そのまま本に集中していてくれ。マがどんな変なことを言いだすかわからないからな。
「三原のやつ、死んじゃったんだよな」
鹿島はカラッポになった三原さんの席を眺めているらしい。声もいくらか神妙な響きをもっている。
「そうだな」
僕が殺したんだ。その話題はやめてもらいたい。僕のことを疑っている笹井さんに聞かせたくない。バリアが鹿島の言葉をはじいてくれるのは幸いだけれど。
マのヘッドロックの締め付けが弱まった。僕は腕をはずし、自由になった首を動かしてリハビリをした。
「葬式に出席するんだろ?」
「となりの席だからって言われた」
自分が殺した女の子の葬式になんて行きたくないんだけど。担任からのご指名だから仕方ない。ムキになって拒否ったらヘンに思われる。
死んだ理由が理由なだけに、クラス全員で葬式に参列するなんてことにはならず、僕ともうひとり女子の選抜隊でひっそりと済ますことになったらしい。
「不思議だな。死んだらもうもどらないんだぜ。生き返らないんだ。先週まで元気だったのによ」
元気だったかどうかは知らない。不思議なのは本当だ。死んだものは生きない。生きているってなんだ。今死んだものと生きているもののちがいなんてありはしない。なのに、なんで僕たちは生きていられるんだ。わからない。
「今頃異世界に転生して楽しくやってるといいけどな」
人間は死んだらおしまいだ。魂なんてものはない。そう思いたい人間が作り出したおとぎ話のひとつにすぎない。彼女だと言えるものがなにものこっていないのだ、あたらしい命にひきつぐものがない。生まれ変わりもなにもないものだ。マだって本気で言っているわけではない。
「それで?」
「それでってなんだよ」
「笹井のことに決まってるだろ。どう思ってんだよ」
決ってはいないが、話がもどったらしい。いつもこうだ。話題があっち行ったりこっち行ったりする。ついていくのがタイヘン。ついていくこともないのだけれど。かってにシャベらせておけばよい。
「かわいいし、やさしいし、素敵な女の子だと思ってるよ」
お互いに真面目くさって見つめ合う。僕は席にすわっているから見上げないといけない。首が疲れる。視界には笹井さんもはいっていて、ぼんやり見える。動きはないから本に集中しているのだろう。
鹿島のまつ毛は長く、瞳はつややかな宝石みたいに輝いている。目がほそくなる。長く見つめられると変な気分だ。
「ぶふっ。わかったよ」
笑いやがったな。鹿島はスタイルのよい後姿を見せて去った。中身はヘンなやつだけど、顔かたちがよいものだから女子から人気があるだろう。さらさらの髪をしたあの頭を後ろからポクリとやりたくなるというものだ。
帰りの会が終わった。みんな帰り出すからうるさい。
「ふわぁあ」
授業以外のことでも疲れた。あくびも出るというもの。イスを後ろに倒しながら伸びをする。うしゃー、気持ちええ。
「渡辺くん」
「ふん?」
伸びの格好のまま首をひねると、笹井さんだった。身を乗り出した姿勢ではなく、となりに立っている。どうしたあらたまって。
「あのぉ」
なんだかハッキリしない。もじもじしている。今までにない態度だ。なにか言いたいことがあるみたいだけれど。今日は雨降ってないから傘貸してではないだろう。貸した傘はもう返してもらっているし、列がちがうから掃除当番は一緒ではない。ということはもしかして、鹿島の話を聞いていたのか? いや、聞いていたところで笹井さんが恥ずかしがってもじもじする必要はない。
言いにくそうにしているし、僕もイスをもどして手を膝に置き、姿勢をただす。なんでもこい、受けて立つ!
「7月7日なんだけどぉ」
うん、7月7日ね、七夕だな。ロマンチック。
「夜10時ごろってぇ、なにしてた?」
アリバイ確認かよ! やっぱり僕のこと疑ってる。
「部屋でマンガ読んでたんじゃないかな。風呂は出たあとだと思うけど」
うまくごまかすけど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます