第五章~覚醒~


 焼けた機体と残骸、そして人体の一部だったものも散らばる様は、地獄の風景と言われれば、今この風景だと自信を持って言える。

 一人旅行の帰り、飛行機が揺れたと思ったら、そのまま高度が低下。衝撃と同時に目の前が真っ暗になったと思ったら、気づけばこのようなありさまが目の前に広がっていた。

 ああ……飛行機……落ちたのか。

 漠然とそう思ったとたん、体が動かないことに気づいた。胸から腰に掛けて、機体の残骸によって押しつぶされていた。

 どうりでいてえなあと思った。

 傷口から血が流れると同時に、寒気が強くなってくる。死の気配が近づいているような気がした。

 視界が霞む中、突然、子供が姿を現した。腰まで伸びた金髪と長く伸びた耳、そして暗闇でも分かるような銀色の目。

 縁正?

 先日出会った縁正だった。

「桐斗……。―――――。――――――――――――」

 なんだ……聞こえねえよ。お前は一体……何をするつもりだ?



「おい!いい加減起きろ!」

「‼」

 野太い声が耳に響いて、意識が一気に浮上した。

 鉄筋コンクリートが丸出しの殺風景な部屋だった。いや、部屋と言うには大きすぎる空間だった。おそらく、廃工場だろうと予想する。

 目の前にはスーツを着た男が数人いた。体は椅子に縛られているため、立ち上がることも動くことも出来なかった。

「お前らは……一体?」

「ち……スタンガンの強さ見誤ったか?」

 こちらの問いにも応えず、ただ、手に持っているスタンガンを見回していた。

「よお、兄ちゃんよ。ちょっくら餌になってもらうぜ」

「餌?」

「そりゃあ……あの吸血鬼の嬢ちゃんよ」

 無精ひげを生やした男が、顔を近づかせてそう言った。

 つまり、俺を餌にしてフォルティシアをここに連れてこさせるということか。でも、なんでそんな回りくどいことするんだ?漫画とかに出てくる吸血鬼を退治するハンターなのか?

「お前ら、フォルティシアをどうするつもりだ?」

「そりゃあ……金のためだろうが」

「?」

 意味が分からず、首を傾げる。その様子に男は驚いた表情をした。

「こりゃあたまげた。まさかお前さん、ファルダニア家を知らないのかい?」

「はあ?ファルダニアって有名な服飾ブランドだろ?」

 そう言うと、男はため息をついた。

「なら教えてやろう。ファルダニア家は他の吸血鬼とは違う一族……俺たちの業界では金が成る木なのさ」

「どういうことだ?」

「吸血鬼は怪物の中でも、最強の一角に入る怪物中の怪物。中には炎や氷を操る能力も扱える吸血鬼も居る。だが、ファルダニア家は他の吸血鬼とは違って、作る能力を持っていた」

「作る能力?」

「ファルダニア家は魔力を糸のように生み出す一族。その糸で作られたアクセサリーや服は魔術具として高値で取引される。まあ、糸だけでも高純度の魔力が保有されているから、これだけでも売れるがな」

 つまり、フォルティシアの糸を生み出す能力を金になるから、生かして自分のものにしたい。そのために俺を餌にしておびき寄せようということか。

 男の説明で、すべてが納得した。フォルティシアの体に絡まっていた敵意の糸の正体はこいつらだったのだ。

「そう上手くいくか?フォルティシアは強いぜ」

 笑みを浮かべて挑戦的な言葉を放つ。

「そりゃあ、天下の吸血鬼だ。何も準備せずにおびき寄せたりはしない。この部屋には聖銀を使用した捕縛術を用意してある。それに、腕利きの魔術師を何人も雇っているんでね」

 部屋の真ん中には、大きな十字に四方に四つの小さな十字が刻まれていた。そして、四つの角に光る意思が見えた。おそらく、それが聖銀というものだろうか。

「随分、ぺらぺら喋るんだな」

 強気な言葉を投げかける。だが、男は笑みを浮かべたままだった。

「だって、お前さん。何も出来ないただの人間だろう?」

「……」

 何も言えなかった。椅子に縛られ、動けない状態の俺では……ただ、縁の糸が視えるだけの俺では、何も出来ないのだ。体中が悔しさで埋め尽くされる。

「まあ、お迎えが来るまで……」

 男の言葉が最後まで言う前に、突然、衝撃音が響いた。

「おいおい、早すぎやしないかい?お前さん、かなり気に入られているみたいだなあ」

 俺の周りを囲っていた男たちが、部屋から去っていく。そして、ぺらぺら喋っていた男も部屋から出ていった。残された俺は、遠くから聞こえる衝撃音を聞きながら、何も出来ないもどかしさを感じていた。

 体感的に数分が経過した頃、衝撃音が止み、扉が重い音を鳴らしながら開かれる。扉の方を見ると、フォルティシアが立っていた。

「桐斗!」

 フォルティシアは勢いよく走ってくる。その表情は、今まで見られた余裕な表情ではなかった。

「来るな。フォルティシア!」

「え?」

 静止の言葉を叫んだ。だが、遅かった。あと数メートルとの距離になったとき、地面に書かれていた十字の紋章と聖銀が光りだした。空中に大量の光る十字が出現したかと思うと、フォルティシアの周りを囲い始めた。フォルティシアは膝をついて、苦しそうに呻き始めた。

「よっしゃあ!かかった!」

「気を許すなよ。きちんと捕縛しろ!」

 隠れていた男たちが姿を現す。紋章の周りには、十字架を手にした数名の男が祝詞のような言葉を口にしながら、立っていた。

「この程度で……私を……捕まえられると思うな!」

 フォルティシアは力を込めてそう言った途端、空気が重くなった。フォルティシアを囲んでいた十字にひびが入り始める。

「おい、もっと力を込めろ!」

「逃げられるぞ!」

 フォルティシアも抵抗しているようだった。だが、相性が悪いのか、抜け出せずに苦戦している。両者は拮抗しているが、いつフォルティシアが押し負けてもおかしくない状況だった。

「フォルティシア……」

 フォルティシアの体には、血のように濃い赤い糸が絡まっており、その糸は男達と繋がっていた。だが、その時、俺の目には初めて視る糸があった。

 敵意の糸と……なんだ?

 紫色の糸だった。一見、フォルティシアが出す糸に色に似ていたが、すぐに違うもの、縁の糸だと分かった。赤い糸が一本一本、体に絡みついているならば、紫の糸は縄のようにフォルティシアを縛っていた。

紫の糸は地面へと繋がっていた。地面というより、紋章と聖銀につながっているように視えた。

 初めて見る糸、そのはずなのに、その正体が頭に浮かんでくる。

 あれは……力の繋がり。術とフォルティシアを繋ぐ縁。

 あの紫の糸がフォルティシアを動けなくさせている縁だと瞬時に理解した。紋章と聖銀がだけだと、術は発動しない。発動するには電流のようなエネルギーとそれを繋ぐ線が必要なのだ。例えるなら、エネルギーである電圧と豆電球を用意しても、豆電球につなげる線が無ければ、豆電球は点かない。紫の糸は、その発動するための線なのだ。

 どうすれば……どうすればいいんだ?

 何か出来ないかと考えを巡らすが、答えが出てこない。椅子に縛られている自分では何も出来ないと悔しさを噛みしめながら、ただ目の前で起こっている出来事を眺めることが出来ない……はずだった。

『ゲンインガシッテイルナラワカルデショ?』

 耳に聞こえるというより、脳内に直接声が響いた。


 アレハアクエンダヨ?


 アクエンハドウスレバイイトオモウ?


 キレバイインダヨ?


 キロウ?


 アクエンハ……キッテシマオウ?


 その瞬間、体の奥底に眠っていた何かが、弾けた。



 十字架の紋章と聖銀の作用によってフォルティシアは動けなくなっていた。まるで、力に押されているかのようだった。おそらく、吸血鬼や悪魔などの怪物を動けなくさせる術だ。十字架や聖銀は怪物を払う力がある。まさしく、吸血鬼であるフォルティシアにとって相性が悪かった。

(でも……脱出できないわけではない。もう少し力を込めれば壊せる!)

 内に秘めた魔力を爆発させて、術ごと壊そうと画策していた。そして、まさに今、溜めていた魔力を爆発させようとした時だった。

 桐斗の気配が変化した。

 詳しく言うならば、人の気配に少しだけ、妙な気配をしていた部分が大きくなった。

 困惑が止まらなかった。だが、その間にも、桐斗の姿が変化した。

 黒かった髪が、金色に変化し、月明かりが当たると反射するような金髪になった。耳にも変化が起こり、フォルティシアよりも長く、エルフのような長い耳になった。そして、日本人らしい黒い目が、暗闇でも分かるような、銀色の目に変化していた。

 それは、人というには、かけ離れた姿だった。

 ふと、フォルティシアは気付いた。いつの間にか、色とりどりの糸が自身に巻き付いていたのだ。特に多かったのは濃い赤い糸と紫の糸だった。

(これって……もしかして桐斗が言っていた縁の糸?でも何で急に視えるように?まさか……)

 急に視えるようになった原因。フォルティシアに心当たりがあった。

 自身の力を空間に展開させ、自身や周りを強化したり、逆に周りを弱体化させることもできる。だが、それは人が使うには、あまりにも過ぎた力でもあった。

 桐斗の手の中が光ったと思うと、それがはさみを形成した。そして、そのはさみで自身を縛っていた縄を瞬時に切った。

 自由の身になった桐斗は、ゆっくり椅子から立ち上がると、フォルティシアに近づくと、手に持っていたはさみで、紫の糸を切った。

 その瞬間、外側の力で抑え込まれて、動けなかった体が、急に軽くなった。

(まさか、術自体を無効化した?もしかして、紫の糸が力の繋がりを意味していて、それを切ったことによって、術が起動しなくなった?)

 必死に考えを巡らせて、目の前の出来事を理解しようとするフォルティシア。一方、男達は、急な出来事で統率が取れていない状態だった。

「悪縁は……切らなきゃ」

 そう呟くと同時に、フォルティシアと男達を繋いでいた赤い糸を、はさみで切った。

 金属音が辺りに響いた。

 赤い糸が切られた瞬間、男達は困惑した表情をしながら、銃を下に下ろした。何が起こったのか分からず、今のうちに男達を気絶させようと構えた瞬間、違和感に気づいた。

 男達に対する怒りが湧かなかった。なぜ、敵意を向けていたのかが分からなくなっていた。まるで、街中を通り過ぎる他人のように。

 その瞬間、フォルティシアは理解した。縁を切るということは、興味関心が無くなるということ。つまり、好きという感情、嫌いという感情も向けることがなく、ただ、道端を通り過ぎる他人になってしまうということ。

(そんな力……人が持てる力じゃない!そんな……因果に関わる力を!)

 さらなる困惑が、フォルティシアの体を停止させた。その間にも、桐斗は赤い糸を切り続けた。焦点のあっていない銀色の目で。

(誰?私の目の前に居るのは誰?)

「嫌……」

 このままだと桐斗が消えるような気がした。人一倍お人好しで、優しい手つきでフォルティシアを綺麗にしてくれた、あの桐斗が居なくなってしまうと。

「桐斗!」

 叫んだ途端、自然と体が桐斗にめがけて走り出すと、桐斗を思いっきりフォルティシアの方へと向かせると、その首筋に近づいた。そして、口を大きく開け、尖った犬歯を桐斗の首筋に突き刺した。

 人の食事とは違う、満たされるような感覚が走る。人の血を飲んだのは久しぶりだったが、それでも、今まで飲んだ血より美味しかった。桃やマンゴーのような甘さ、にも拘らず上品な味わいが喉を通っていく。

(美味しすぎて……止まらなくなりそう。失血死させない……献血程度に抑えないと)

 一口、また一口と飲んでいくと、桐斗の膝が地面に着いた。

「フォルティシア……」

 か細い声が聞こえ、すぐさま首筋から離れた。外見は戻っていなかったが、目の焦点は戻っていた。さっきまで視えていた縁の糸が視えなくなっていたので、桐斗の力が収まったのだろうとほっと息をついた。

 フォルティシアは桐斗を抱えると、男達の方へと向き直した。

「さっきまでだったら、あんたらを再起不能させるところだけど、今はそんな気を起きないわ。それはあんたたちも一緒でしょ?なぜ私に敵対していたのか、なぜ私を捕えようとしていたのか。いや、そもそも、捕えようとする気持ちもないでしょうけど。だから、今は見逃すわ。だけど、また私のテリトリーに入るなら……その時は……容赦しない」

 魔力を外部に放出させ、威圧する。男達は恐怖に包まれ、尻餅をつく者さえ居た。フォルティシアは、そんな男達のことを意にも介さず、廃工場から去っていった。

 誰も、フォルティシア達のことを追いかけることは無かった。


 廃工場から出ると、フォルティシアは背に蝙蝠の羽を出現させ、空高く飛び始めた。いつの間にか、日を跨いでいたのか、空が少し明るくなり始めていた。

「フォルティシア、すまねえな。手間かけさせた」

「桐斗……覚えてるの?」

「ああ。ただ、あの時、衝動に駆られてたというか……理性が飛んでた。フォルティシアが噛んでくれたおかげで、我に戻った。ありがとう」

「どういたしまして。少し血を飲んじゃったけど、それは許してちょうだい」

「それくらいはいいぜ。あと、お願いがあるんだが……」

「ん?」

 桐斗の顔を覗き込むと、少し頬が赤くなっていた。

「そろそろ降ろしてくれないか?大の大人が女の子にお姫様抱っこされているの、凄く恥ずかしいんだが……」

「いいけど……そんな姿してたら、人目に着いたとき目立っちゃうわよ?」

「そんな姿?」

 きょとんとした顔でフォルティシアを見つめる桐斗。

「もしかして……気づいていないの?」

「え?」

(本当に気づいてない……)

 フォルティシアは、深いため息を出した。

「もう少しで家に着くわ。それまで我慢しなさい」

「おお……」

 そう言っている間に、フォルティシアの家が見えてきた。すぐに玄関の前に降り立ち、家へと入ると、桐斗をゆっくり降ろした。

 桐斗は、玄関にある鏡に目を移すと、今の自身の姿を初めて目の当たりにしたのか、驚いた顔をして、鏡を凝視していた。

(まあ。そりゃあ、驚くわよね)

 予想通りの反応だった。だが、よく見ると、自分の顔をなぞり、何かを確認するかのような仕草をしていた。徐々に呼吸が荒くなっていき、表情も青ざめていく。

「桐斗?」

 心配になり、呼んでみたが返事がない。

「ああ……そうか……そうだったのか」

 そう静かに呟いた後、膝をつき蹲ってしまった。桐斗の目に一筋の涙が頬を伝っていた。

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