第六章~together with Vampire~

 硝煙が立ち上る場所に縁正が居た。機体の残骸が散らばり、焼けた人体が散らばるこの場所に、着物を着た少年が居るという、背景に似合わない光景だった。

「桐斗」

 縁正は静かに俺の名を呼んだ。だが、胸から腰に掛けて機体の残骸によって押しつぶされている状態では、まともに喋ることも出来なかった。喋ろうとしても、喉に血が溜まり、声にならない声が出てくるだけだった。

「僕ね。本当はあのまま消えるはずだったんだ」

 何を言ってるんだ?

 疑問に思いながらも、縁正は次々に話し始める。

「忘れ去られた神は消える運命。ただ切ることが得意の妖怪だった僕は、ある時、困っている人の悪縁を切ってあげると喜んでくれた。そして、悪縁を切ってくれる神様として祀ってくれた。そして、縁切神、縁正が生まれた。だけど、信仰が無くなれば、力も衰え、やがて消えていく。もう、あの神社には参拝者も居なかった。だから、消えるのを待つだけだった。だけど、君が来てくれた」

 優しく微笑みながら語った。まるで別れの挨拶のように。

「桐斗。僕とお話ししてくれてありがとう。僕を綺麗にしてくれてありがとう。とても気持ちよくてさっぱりしたよ。僕とゲームしてくれてありがとう。今のゲームって、こんなに面白いんだね……桐斗と出会ったおかげで、僕は人を恨まずに消えることが出来る。でも……」

 縁正はゆっくり近づいて、怪我している部分に手を当てた。

「桐斗には……生きていてほしいな」

 縁正の手から光が溢れ始めた。

「消えかけの神だけど、桐斗の命は繋げられるよ。もしかしたら、力と記憶が継承してしまうかもしれないけど……桐斗なら上手く使いこなせるよ」

 光が強くなると同時に、縁正の姿が薄くなっていた。

「やめ……ろ……より……まさ」

 やっと出た声。静止の言葉を投げかけた。だが、縁正はこちらに視線を向けた。子供のような、無邪気な笑顔で。

「ありがとう、桐斗……さよなら」


 1

 蝉の声が鳴り響く山の中。と言っても道が整備されているため、歩きやすくなっている道を、俺は献花を持って歩いていた。横には日傘を差しながらフォルティシアが歩いている。

 ちなみに、今、俺の姿はいつのも黒髪に黒目だ。耳も丸くなっている。このまま戻れないのではと不安になったが、疲れを取るため睡眠を取ったら、元に戻っていた。

 普段この道は登山道として使われ、この道を使う人は、あまり居ないが今日は多くの人が訪れていた。それもそのはずだ。今日が飛行機事故の命日だから。そして、ここが飛行機が墜落した場所なのだ。

 先日、自身が変化した姿を見て、愕然とした。金色の髪に長い耳、銀色の目という特徴は、あまりにも縁正に似ていた。その瞬間、封じていた記憶が解き放たれた。

「あの時、俺は死ぬはずだった。生きているはずの傷ではなかった。本当は、ここに俺の名前が刻まれるはずだったんだ」

 歩いていくうちに目的の場所が見えてきた。目の前には、多くの名前が刻まれた大きな石がある。慰霊碑だ。

 俺は献花を置き、手を合わせた。

「飛行機が墜落した時、まだ意識はあった。だけど、飛行機の残骸の下敷きになってて、意識もだんだん遠のいていた。ああ、死ぬなって思ったんだ。その時、縁正が現れて言ったんだ。自分が縁切神であること。信仰が薄れて消えかけていたこと。そして……俺に生きてほしいって」

 俺は顔を上げて、慰霊碑を見据える。

「この縁の糸が視える力も、その知識も全部、あいつの物なんだ。俺はあいつの命を引き換えに生きているんだ」

 霊的なものが視えるようになったから、縁正に会えると思っていた。だけど、もう会えないのだ。縁正はもう居ない。この力がその証拠だ。

「生き残ったこと、後悔しているの?」

 フォルティシアが静かに問いかけた。

「今まではな。犠牲者の中には子供も居たんだぜ。なんで俺だけだったんだって、ずっと思ってた。だけど、この命が縁正から貰ったものだって知ったから……無下には出来ねえよな」

 完全に割り切ったわけじゃない。だけど、生き残った後悔と疑問は、幾分払拭された気がした。

「だけど、何で俺を助けたのかなあ。自分が消えるって分かっているのに。一日しか会っていない人間なのに」

 そう呟くと、フォルティシアが隣にしゃがみ手を合わせた。数秒間、手を合わせると慰霊碑を見据えた。

「私は縁正の気持ち、少し分かる気がするわ」

「え?」

「人間にとっては些細な……ほんの一時の優しさでも、怪物とっては大きくて、忘れられないのよ」

 それは、フォルティシアが今まで会ってきた人達のことを言っているのだろうか。

 彼女は百二十年、人に興味があって旅をしてきたと言った。もしかしたら、フォルティシアも人の優しさに触れたから、人に興味を持ったのだろうか。フォルティシアの言葉が、胸に染み渡った。

「そうか……。ありがとうな」

 俺は立ち上がって、その場を後にした。別の目的地に向かうために。


 電車に乗って一時間。降りた場所は、一年前、縁正と会った場所だ。

 一年前、縁正と出会った神社。もう主の居ない神社。縁正は消えてしまったのだから、行っても意味はない。だが、縁正が居た場所だ。今どうなっているのか確認したかった。

 地図を見ながら、その場所へと歩いていたが、一向に着かない。

「迷った?」

「う~ん。なにせ一年前だし、適当に歩いていたら着いたからなあ」

 途方に暮れていると、ふとホテルが目に映った。そのホテルは、一年前、俺が泊まったホテルだった。

「ちょっと受付の人に聞いてみる」

 もしかしたら、何か聞けるかもしれないと思い、ホテルのロビーに足を運び、受付の人に声をかけた。

「すみません。ちょっと道を尋ねたいのですが……」

「どうしましたか?」

 若い男だった。さすがというべきか、丁寧な口調で対応してくれた。

「あの、この近くに神社ってありませんでしたか?俺、そこに行きたいのですが?」

「神社ですか?」

 受付の男は首を傾げた。望みは薄いかと、半ば諦めかけた時だった。

「どうしました?」

 受付の奥から五十代の男が現れた。

「実は道を尋ねておりまして……」

 俺は行きたい場所を提示すると、思わぬ反応が来た。

「その神社ですか。若いのに知っているのですね。私の祖父から聞いている神社ですから場所は分かりますよ?」

「本当ですか⁉」

 思わぬ朗報に驚いた。

「ですが、行っても意味はないかと……」

「え?」

「その神社、今はもう無いのです」

 時間が、一瞬止まったような気がした。

「一年前ですかね。その近くで土砂崩れがありまして、ちょうど、その神社も下敷きになってしまいまして……そうですね……飛行機事故の次の日でしたね。それに、この道を使う人も少なかったので、土砂の撤去がされていないのですよ。今は通行止めになっていて通れなくなっています」

「……通行止めになっているところまででいいので教えてもらっていいですか?」

 受付の人は地図にマーキングしてくれて、道順も教えてくれた。俺は、受付の方々にお礼を言った後、ロビーを出た。

「桐斗、大丈夫?」

「何がだ?別に平気だぜ」

「嘘、ふらついているわ」

 気が付いていなかったが、どうも足元をふらつきながら歩いていたらしい。

「そうだな……覚悟はしてたんだが……ショックが大きかったな」

 笑ってそう答える。だけど、胸の奥底に重いものを沈めたような感覚に襲われていた。

 それでも歩を進めた。足取りが重くても、一歩ずつ歩いた。時折、フォルティシアが体を支えてくれた。

「桐斗、無理なら別に日に……」

「いや、行く」

 歩を進めるたびに、心臓の鼓動が大きくなる。景色が移っていくごとに、一年前の記憶が蘇ってくる。通った道が、一年前の記憶と重なる。だが、突如、記憶と違う風景が、目の前に飛び込んできた。

 立ち入り禁止の札。その奥には土や岩が覆いかぶさっていて、通れなくなっていた。

 記憶では、この先に道があった。この先に、縁正と出会った神社があったはずだ。目の前にある現実が、桐斗に突きつけられる。

 もう居ないのだと。

 縁正という存在、縁正が居たという記憶が、もう自分の記憶にしかないのだと。

「……」

 声が出なかった。出す声が分からなくなっていた。呼吸が荒くなっていき、視界がぼやけてきた。

「桐斗!」

 呼ばれると同時だった。フォルティシアが俺の手を握って、こちらを見据えていた。

「泣いていい……泣いていいの!」

「フォルティシア……」

 その瞬間、涙が溢れてきた。

「う……ああああああああああああああああああああああああ!」

 俺は膝を崩して、洪水のように涙が零れた。

 この時、あの事故から涙を我慢していたんだと改めて実感した。

 ふと、フォルティシアが優しく、俺の体を包み込んだ。冷たい体温が、少しだけ心地よかった。

「今なら隠してあげられるわよ。何なら日傘付きで」

 それがとどめだった。涙腺が決壊したのかというほど涙が零れた。それは、一年間、心の奥底に閉まっていた悲しさが、涙として零れているようだった。

 盛大に泣いて数分後。ようやく涙が収まってきた。

「ありがとうな、ここまで付き合ってくれて。一人だと……この場所に来れなかった」

「いいのよ。それに『旅は道連れ世は情け』って言うんでしょ?」

「そうだな」

 俺は立ち上がって、崩れた道を見据えて、大きく息を吸った。

「よりまさああああああああ!」

 張り上げた声が空まで届くように響いた。

「ありがとう!助けてくれて。俺……生きる……生きるから!縁正の命、無駄にしないから!」

 もちろん、返答が来るわけでもなく、静寂が辺りを包むだけだった。だが、依然と比べて、気持ちがすっきりした。やっと、前に向けたような気がした。

「ありがとう、フォルティシア。付き合ってくれて」

「いいのよ。面白いもの見れたし」

「面白いって……」

 相変わらず人と吸血鬼の感性がずれていて、苦笑いを浮かべるしかない。

「そういえば、フォルティシアって一時的に日本に滞在してるんだろ?いつまでいるんだ?」

「そうねえ。一通り観光したらほかの国に行こうかと思ったんだけど……気が変わったわ。人の身でありながら、神をその身に宿しているなんて、初めて見るもの。だから……」

 フォルティシアは、優しい眼差しでこちらを見つめた。

「貴方の一生を見届けるまでここにいるわ。貴方の隣で」

 真っ直ぐな瞳で、そう言われた途端、心臓がドキリと跳ね上がった。体中の熱が上昇している気がした。

「フォルティシア……それ、勘違いされる言葉だから、気を付けた方が良いぜ」

 苦々しく言うと、フォルティシアはくるりと振り返り、大人びた笑みを浮かべて、こちらを見た。

「勘違いじゃないかもしれないわよ?私、桐斗のこと、気に入っちゃったもの」

「え……それってどういう⁉」

「ほら、帰るわよ!」

 意味を聞こうとしたが、フォルティシアは意に介さず来た道に戻っていった。対して俺は、その場にしゃがみこんでしまった。

 気づいてしまった。俺とフォルティシアの間に繋がっている縁の糸。その色が変化してしることに。

「恨むぞ。縁正」

 初めて、この縁の糸を視る力を恨んでしまった。ネタバレされてしまった気分だったからだ。

 ミサンガのように編まれた、黄色の糸。その糸の中に、一本だけピンクの糸になっていたのだ。


 ピンクの糸の意味は


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~完~

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