第10話 嵌められた

「まぁ、服は普通だな」


 更衣室のカーテンを閉め、服をハンガーにかけて全体を眺めると、俺は呟く。

 愛ちゃんがいつも着ているサブカル系統の服みたいに、黒メインなチョイスになっているが、ちゃんと古着感もあり、これはこれであり。


 案外ちゃんと選んでる、というか普通にセンスがいい。

 早速、自分の服を脱いで、愛ちゃんのコーデへと着替えていく。


 黒のワンポイントイラストが入っているパーカーに、黒のデニムジャケット。パンツはフェイクダメージがついているワークパンツ。


「ん、なんだこれ閉まらない」


 ワークパンツを履いている途中、俺の手は止まる。珍しいボタンの留め方で、どうやるか分からない。

 ウエストがダボダボなので留めないとスルリと脱げてしまう。


 誰かに留めてもらいたいが、愛ちゃんに頼むとよからぬことが起きそうだからここは恋にお願いしたいところ。


「近くに恋いる?」


 カーテンから顔だけ出すと、俺は近くに座っている愛ちゃんに声をかける。


「そこで服を一生懸命選んでるけど、なんで?」


「いや、ズボンのボタンが閉まらなくてやって欲しいんだけど」


「え、子供?」


「違うわ! なんかこのズボン変な形してるんだよ。一人じゃできそうにない」


「なら、私がやってあげようか?」


 椅子から立ち上がると、小悪魔な笑みを浮かべる。


「恋を呼んでくれ」


「え~、近場にいる私がやってあげた方が効率的なのに~」


「俺は効率よりも安全性を取る」


「安全じゃないから言ってるんだろうが」


 カーテンという一枚越しであるが、狭い密室に2人とか、何されるか分からない。

 目を細めて言う俺に、


「……ま、いっか。お姉ちゃん~。凛久くんが手伝ってほしいことあるって~」


 愛ちゃんは開き直ると、手招きしながら恋を呼ぶ。

 呼び出された恋は、服を選ぶ手を止め、こちらに視線を向ける。


「どうしたの?」


「なんか、お姉ちゃんにボタン留めてほしいんだって~」


「ボタン? 凛久くん自分でできるでしょ」


「なんか複雑らしくて自分でできないんだって」


「……それなら愛にしてもらえば?」


「恋までそれを言うか!」


「だってぇ、私服選ぶので忙しいし」


 忙しいかもしれないけど、そこは『いいよ!』と率先して来て欲しかった。ちょっとくらい選ぶのをやめて彼氏を手伝ってくれよ……


「それにさ、服を選んだの愛だからやり方も分かってるんじゃない?」


「それはそうかもだけど……」


 俺はゆっくりと愛ちゃんに目を向けると、それと同時に目を逸らされる。

 絶対これを狙って服を選んでたなこれ。完全に嵌められた。



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