episode.30

さて一方、城を追い出されたシルヴィとアルベールとは言うと──


「……これは……人が住めるのか……?」

「外見より中はさほど酷くないので、寝泊まりするぐらいは出来ますよ」


シルヴィの実家であるベルーナ男爵邸へ来ていた。


アルベールの屋敷へ行くと言う手もあったのだが、未婚の女性が侯爵邸に何日も滞在するのは変な噂が立ち今後アルベールの縁談に支障が出ると思い全力で拒否した。


そうなると、行きつく先はここしかないと言う訳だ。


到着早々にその屋敷とは言い難い風貌にアルベールは言葉を失っていたが、シルヴィがその背を押し中へと押し込んだ。

中に入るとこの屋敷の主である父と母、それにセバスの姿があった。


(あらかじめ連絡入れておいてよかった)


連絡なしで総監であるアルベールを目にしたら、両親共々卒倒してしまうところだった。

それじゃなくても三人とも顔を強張らせ緊張している様子が目に見えて分かる。


「急に押しかけて申し訳ない」

「いえいえいえ!!とんでもありません!!こんなおんぼろな屋敷で宜しければ何日でも滞在してください!!」


アルベールが頭を下げると父が慌てて頭を上げるよう伝えた。


「……シルヴィちゃんたら、あんないい男連れてくるなんて隅に置けないわね」


揶揄うように微笑みながら母が傍に寄って来た。

アルベールが先日出した手紙により、ここにいる三人もシルヴィとアルベールが恋仲だと信じて疑っていない。

因みにどのような内容を書いたのかしつこく聞いたのだが、口を割ってくれなかった。


「まあ、こんな所で話もなんですし……」

「ああ、失礼する」


セバスが手際よく荷物を運び入れると、アルベールは父の案内で応接間へと通された。





「……単刀直入に聞きますが、総監様はうちのシルヴィを本気で?あ、疑っている訳ではないんですが、書簡だけでは信じるには少し早急すぎるかと……」

「ああ、勿論だ。挨拶が遅れたのは本当に申し訳ないと思っている。だが、シルヴィの見合いをすると聞いて焦ってしまった。だから、改めて言葉にさせて欲しい」


そう言うとアルベールは背を正し、真剣な表情で向き合った。


「私はシルヴィ・ベルナール男爵令嬢を心から愛している。どうか、私との結婚を許して欲しい」


深々頭を下げるアルベールに父である男爵の顔は難色を示していた。

娘であるシルヴィには幸せになって欲しいが、まだこの二人には伝えていない事があったのだ。


それに、ここまでアルベールが本気だとは思ってもみなかったと言うのが本音。


「総監様、頭をあげてください」


そう伝えると、ゆっくり頭をあげた。


「シルヴィは一人娘ですからね。私としても娘には幸せになって欲しいと願っております」

「それなら安心して欲しい」

「……総監様の気持ちも分かりました。ですが、申し訳ありません」

「は?」


顔色を悪くして頭を下げる男爵にアルベールの表情が一変した。


「それはどういう意味だ?」

「も、申し訳ありません。実は、我が家の経済難はご存じの通りでしょう?返済期限の迫っているものがあり、仕方なく……」

「仕方なく?」

「パウル殿にシルヴィとの婚約を条件に援助していただいたばかりでして……」

「なんだと!?」


その言葉にアルベールは怒りを露わにした。

男爵は体を震わせ、頭を下げる事しかできなかった。


自分が送った書簡を確認したにも関わらず、それを無視した行動。怒って当然だが、アルベールはそれとは別の理由で怒っていた。


いくら邸が切羽詰まった状況とは言え、自身の娘を売るようなことをさも簡単にするとは許せん……!!


パウルのあの微笑みの裏にはこんな真実が隠されていたのかとアルベールの顔色は更に凶暴なものに変わっていった。

ここがシルヴィの屋敷でなければテーブルの一つも破壊しそうなアルベールの雰囲気に男爵は声もかけれない。


「………………………いくらだ」

「は?」


顔を隠す様に俯いていた男爵に声をかけた。


「あの男にいくら借り入れた?私がその分を払おう」

「は!?い、いや!!そこまでして頂く訳には──!!」

「勘違いするな。男爵のためではない。シルヴィの為に出すのだ」


「自慢ではないが金なら売る程ある」当然の如く言い切った。


アルベールはあまり交友関係もなく、物欲もない。

休日は寝て過ごす事が多く、金は溜まっていく一方だった。

シルヴィの為に使うのなら惜しくないと考えていた。


男爵は暫く呆気に取られていたが、真っ直ぐ曇りのない目を向けるアルベールの本気度が分かった気がした。


「……そこまでシルヴィの事を……」

「当然だ。今更手放すことはできない」


男爵の知っている総監、アルベールの姿は冷酷非情な研究馬鹿で女性など邪魔だと毛嫌いしていたはず。

それがここまで変わるとは……


男爵は一瞬笑みを浮かべ、アルベールに向き合った。


「分かりました。私とてシルヴィに無理強いするのは本望ではありませんし総監様のご好意に甘えましょう」


その言葉を聞いてアルベールは険しい表情を一変、安堵の表情に変わった。

これでパウルが下手に手を出せる状況じゃなくなったと言うだけで気分が良い。


アルベールは笑顔で応接間を後にしていった。そんな見たことない程ご機嫌な様子を目にして男爵は思わず苦笑いしながら見送った。



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