episode.31
時を少し戻し、城を追い出される少し前に遡る──……
「やあ、今や時の人だね」
「……何しに来た?」
執務室で簡単に荷物を纏めているアルベールの元にやって来たのはマティアスだった。
その表情は笑顔だが、明らかな怒りを含んでいた。
アルベールはマティアスが来るのは想定内だったらしく、手を止めることはしない。
「分かってるだろ?君のその何でも見透かしたようなところ嫌いなんだよね」
「それはお互い様だ」
「はいはい。──……で?どういうつもりか教えてもらおうか」
マティアスはアルベールの手を止める為にわざと、書類の溜まっている机の上に腰かけた。
色眼鏡から覗く目は酷く冷たく、真剣なものだった。
仕方なく手を止めると、マティアスに向き合った。
「どういうつもりとは?」
「君、シルヴィの事本気とか言うんじゃないだろ?どうせ、部下を護るためとかいらない責任感でしょ?それなら僕が恋人になったって言い訳だろう?僕は君と違ってシルヴィが好きなんだし」
噂を聞くに、シルヴィはパウルとの婚約を嫌がっていた。そこでアルベールが声をあげ、自身があたかも付き合っている素振りを見せたと。
流石は大佐だ。人の噂を鵜呑みにせず自身の見解をしっかり持っている。
「どうせフリなんだから僕が代わるよ。君、こういうの苦手だろ?」
「断る」
マティアスが言うように今まで恋愛を経験したことのないアルベールにとって、この役は不向きだ。
だが、自分の気持ちに気づいたアルベールは今更シルヴィの相手役を代わる気は微塵もない。
「え?まさか、本気って言うんじゃないだろうね?」
「……だとしたらどうするんだ」
「は、いや、ちょっと待って……君が!?」
マティアスは分かりやすく狼狽えた。が、それと同時に「ようやく気が付いたか」と嬉しくも思った。
シルヴィの事は恋愛対象として興味があるが、それと同じぐらいこの不器用者の事も気にかかるのだ。
「ははっ……まさか本気とは驚いたな……」
「私も人間だ。一人の女性を想う事だってある」
「ほおえ~!!まさか君からそんな言葉を聞けるなんて、世も末だねぇ!!」
おちょくられているのか褒められているのかよく分からない言葉に、再び手を動かし始めた。
「ふ~ん……本気なんだ……」
少し残念そうに呟いた。
マティアス的にはシルヴィを諦めたくはなかったが、アルベールはこれが最初で最後の恋かもしれない。
(まあ、僕はすぐに相手が見つかるけど、この堅物はそうもいかないし)
しばらく考え込んだ後に、マティアスはバンッ!!と机を叩いた。
「……分かった。僕はシルヴィから手を引く」
「は?」
「そのかわり、その商人にみすみす奪われるようなら僕は手加減しない。本気で奪いに行くけど、いいんだね?」
そう伝えると、アルベールは「はっ」と鼻で笑いながら「上等」と返した。
何だかんだ言ってもマティアスは人情に厚い男なのだ。
マティアスはその言葉を聞いて、安心したように微笑んだ。
「……先程、レイモンドもやって来て、君のように私を牽制して行った」
「へぇ?仲悪そうに見えて、あの人もシルヴィを気に入ってるからね」
「ああ、どうやら私の想い人は大層人に好かれやすいらしい。嬉しい事だか少し妬ける」
そう言うアルベールの顔はいつもの眉間に皺を寄せたアルベールとは対照的に、その表情はとても柔らかく幸せそうに微笑んでいた。この場に女性がいたら卒倒ものの色気がある。
そんな表情を向けられたマティアスは驚愕するに決まってる。
「……驚いた……君、そんな顔が出来るのか……!?」
「どんな顔だ」
スンッとすぐに元に戻ってしまったが、あの表情は控えめに言って犯罪クラス。
自分の顔に自信のあるマティアスでも敗北を感じてしまうほどには威力があった。
「ああ~~……餞別に僕から忠告しとく。さっきの顔はシルヴィの前でやらない方がいいよ?あの子死んじゃうから」
あれをまともに受けたらシルヴィは元より他の女性も心臓が止まる。それだけは確実に言える。
アルベールは「意味がわからん」と取り付かなかったが、シルヴィの命がかかってると言えば、怪訝な顔をしながらも了承した。
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