episode.12

推しであるマティアスにとんでもない失態を見せてしまったシルヴィの翌日。


「……oh…これは……」


泣き腫らし真っ赤に充血している両目に、パンッパンに浮腫んだ顔。朝から絶望に陥っていた。


必死にリンパマッサージをして浮腫を取ろうとするが、何せ時間が無い。

只今の時間は八時を回った所。出勤時間は九時……

はい、寝坊。


「ふっ……」


シルヴィは洗面器の前で両腕を付き、おもむろに何か考えているようだった。


このままでは完全に遅刻する。だが、この顔でアルベール推しと対面するのは失礼極まりない。

更にこの顔で行けば完全に突っ込まれる。それだけは避けたい。


「…………詰んだな」


自嘲するように微笑んだ。


そんな事を考えている暇があるのなら手を動かした方が効率が良いのに、今のシルヴィはその考えすら出来ないほど焦っている。


(どうするどうするどうするどうするんだ私!!!!!!)


コンコン……


頭を抱えている所に自室のドアがノックされた音に気付いて顔を上げた。


「朝早くにすまない……サラだが……」


まさかの女神様登場!?


「シルヴィ?いるのか?」

「は、はい!!おります!!」


サラの突撃訪問に戸惑っていたら、不安そうな声が聞こえ自分の顔の状況など忘れて思わず返事を返してしまった。


(あああああああ!!!なんで居留守を使わなかったんだ!?)


いや、それはせっかく訪ねて来てくれた推しに対する冒涜だ。そんなことするのなら潔くありのままの自分を曝け出す。


(よしッ)


決意は決まった。

どんなに貶されよう全て受け入れる態勢は整った。


スーハ―と深く深呼吸をすると、ドアノブに手をかけゆっくりとドアを開けた。


「………………おはようございます」


そろっと顔を出すとサラには一瞬驚いた顔をされたが、とりあえず中に入ることを進めた。


シルヴィの部屋は軍医施設の裏にある三階建ての宿舎にあった。

部屋の大きさは五畳ほどの小さなもので、ベッドと机を置けばもう目一杯だが一人部屋を使わしてもらっている手前文句は言えない。


当然ソファーも長椅子もない為、サラにはベッドに座ってもらう。


「一緒に朝食をと思ったんだが……」

「え!?マジですか!?」


推しの顔を見ながらの朝食……!!なんて素敵な響きだろうか。


「ああ、しかし……その顔で大丈夫か?」

「あ……」


サラの言葉で推しとの朝食。それは見事に泡となって散った。

再び絶望の淵に落とされたシルヴィはもはや再起不能状態。部屋の片隅で縮こまりながらブツブツと呪いのような言葉を呟いている。


これには流石のサラも困り果て、ふと思い立った。


「シルヴィ。ちょっと待っててくれるか?」

「ふぇ?」


いじけているシルヴィを置いてサラがどこかへと駆けて行ってしまった。







暫くすると、二つの足音と「ちょっとこんな所になんの用よ!!」と叫んでいるアーサーの声が聞こえてきた。


「待たせたな」


そう言って入って来たサラの横には無理やり連れてこられて不機嫌なアーサーの姿があった。


「えっと……?」

「ああ、大佐。貴方ならどうにかできるでしょ?」


困惑するシルヴィがおずおずと尋ねると、ずいっとアーサーをシルヴィの前に突き出してきた。


「はあ?何を──……ってどうしたのシルヴィ、その顔は!!??」

「ひふは(実は)……」


シルヴィの顔を見たアーサーは驚いてむぎゅっと顔を力強く挟んだ。

挟まれたシルヴィは言葉がしっかり発音できず、よく分からない言葉になってしまった。


サラがアーサーを連れてきたのにはちゃんとした理由がある。

この人は俗にいう美容オタク。皺は元よりシミすらない肌は常に潤っていて女であるシルヴィでも羨ましいほど輝いている。


「ちょっと待ってなさい」


そう言うなりどこから出したのか手際よく何らかのクリームやらオイルやら取り出しシルヴィの顔をマッサージし始めた。

またその力加減が絶妙で非常に気持ちがいい。


「一体何があったの?……て言わなくても大体見当はつくわね」

「え?」

「そりゃそうよ。昨日のあの二隊を見ればね」


「あははは」と乾いた笑いしか返せなかった。

そうか、この人達にはお見通しだったか……


「大丈夫よ。シルヴィがちゃんと頑張ってるってみんな知ってるから。自信を持ちなさい」

「そうだ。私もシルヴィに救われたのだ」


二人の暖かい言葉が胸に響く……せっかくマッサージしてもらっているのに目頭が熱くなってくる……


「さあ、いつもの可愛いシルヴィに戻ったわよ」

「ほお、流石は大佐。剣よりも圧倒的にこちらの分野の方が得意だな」

「お黙り!!」


そんなに言い争う声を聞きながら渡された手鏡を見ると浮腫も取れ、いつも通り十人並の顔に戻っていた。


「アーサー大佐、サラお姉様。ありがとうございます」


ニッコリ微笑みながら礼の言葉を伝えると、アーサーもサラも眉を下げて笑っていた。


「じゃ、腹ごしらえでも行きましょうか!!」


アーサーがシルヴィとサラの肩に腕を回しながら食堂に誘うと、二人とも大きな声で「はいっ!!」と返事を返した。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る