episode.11

「やあ、総監殿。ご機嫌はどうだい?」

「……………何の用だ?」


執務室のドアを開けて入ってきたマティアスを見て、心底嫌そうな顔でアルベールが睨みつけた。


目の下には隈ができ髪はボサボサ髭は伸びっぱなし、着ている白衣は何日同じものを着ているのか分からないほど薄汚れていた。

その様子を見てから機嫌は最悪だろうと思いつつ、マティアスは足を踏み入れた。


「シルヴィはどうしたの?」

「………………さあな」


問いかけるが返ってくる言葉は素っ気ない。

まあ、これは暗に話しかけるなと言っているんだろうが、そんなものマティアスには関係ない。


「ああ、そう言えばさっき中庭で会ったなぁ……」


「泣いてるシルヴィに」と付け加えられた瞬間、アルベールの顔付きが変わった。


「……なに?」

「別に君が気にすることじゃないでしょ?ちゃんと抱きしめて慰めたし」

「は?」


明らかな敵意。まさか冷静沈着の鎧を被っているようなアルベールが言葉一つで心を乱すとは……


(コレが無自覚ってんだから尚さら面白いよね)


マティアスは内心笑いが止まらない。


「まあ、何があったのかは聞かなかったよ?聞いたところであの子は話さないと思ったしね……それとも何?心当たりがあるの?」

「…………いや……………」


振り絞る声で言い返して来たのはたったの一言。


十中八九目の前のこの人が原因だと言うことぐらい分かっている。分かった上で問い詰めるマティアスは中々の性格の持ち主だと言える。


アルベールはマティアスの言葉に思い当たる節があった。


『邪魔だ!!』


あの時は精神的余裕がなく苛立ちが抑えられなくなり、ついキツい言葉になってしまったと自分でも理解していた。

言い放った瞬間のシルヴィの顔は酷く傷付いた表情をしていた。

その表情がアルベールの脳裏に焼き付いていたが、一人の為に割く時間などなかった。


元より私はこう言う性格だ。ここにいる者なら知らない者はいないだろう。


そう自分に言いかせ、目の前の患者に集中した。


(まさか泣くほどだったとは……)


いや、今までも私の言葉で泣く者は多かった。

それに耐えきれず辞める者も……


「あの子が泣くなんて余っ程の事だったんだねぇ」

「………何が言いたい」


マティアスは見透かしているかのように目を細めながら微笑んだ。

当然アルベールも睨み返して牽制する。


「別に?誰も君のせいだとは言っていないだろう?ただ、嗚咽を必死に堪えて泣くあの子を抱きしめて思ったんだよ。許せない……ってね」

「は?」

「あはははは!!僕自身もまさかそんな感情が生まれるなんて驚いたよ」


マティアスは笑っているが目は笑っていない。


容姿端麗で役職持ち。更には陛下に一目置かれている存在だと知れば黙っていても女性は寄ってくる。

マティアスは女性には優しく紳士的だが、それは外面だけ。内面は女など煩いだけで面倒臭い生き物だと思っている。

将来的には従順に服従できる令嬢と結婚すれば良いと思っていた。


あの子を泣かせない。あの子を護れる」

「……………」


あまり見たこない真剣な表情のマティアスにアルベールは黙ってその言葉に耳を傾けていた。


「──要するに、君にあの子は任せられないって事。悪いけど、あの子は僕が貰う」

「なに?」


アルベールは自分でも驚くほど低い声が出た。


最初はただ面白い子だと思って、興味から欲しくなった。その後、アルベールが好意を寄せていると気づいて、完全無欠の鉄仮面を脱がしたらどんな顔をするのか……と不純な理由で近づいた。


──……が、ミイラ取りがミイラになってしまった。


クスッと自嘲するかの様に微笑むと、アルベールに向き合った。


「ここに来たのもその事を言うため。今更感あるけど、伝えておかないとフェアじゃないと思ってね」


無自覚だとしても筋は通しておくべきだと考えたマティアスは律儀にこうしてアルベールの元にやってきたのだ。


「それだけ。お邪魔したね。じゃあ、ゆっくり休んで」

「あ、おい──……ッ!!」


引き留めるアルベールの言葉を無視して、マティアスは手を振りながら執務室を出て行った。


アルベールは暫くその場に体が固まったかのように動けずにいたが、深い溜息を吐きながら眼鏡をおもむろに外し、目頭を指で強く押さえた。


「…………任せれない、か…………」


先ほど吐かれたマティアスの言葉が胸に刺さる。

今まで人の気持ちなど考えたことがなかった。目の前の事で精一杯で周りを気にすることもできなかった。


「そう言われるのも当然と言えば当然かもしれんな…………」


再び溜息を吐くとそのまま気絶するかのように眠りについた……

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