episode.10

二日後……


暴れに暴れてストレス発散したらしく、艶々に潤った顔をした第一部隊筆頭にズタボロで生気を失っている第二部隊と、負傷者の対応に追われ一睡もしていないであろうアルベールが不機嫌オーラ全開で帰城した。

たったの二日で帰ってこられるんだから、うちの第一部隊の強さは計り知れない。


さて、ここから衛生兵であるシルヴィ達の出番。

ゆっくりアルベールとの再会を喜んでいる場合では無い。

慌ただしく傷を負った兵士達の手当に入る。

半数以上は第二部隊の者達で、そこには少佐であるライアンもいた。


ライアンは部下を庇って背中を大きく斬られる大怪我をしていた。

時間も経っており、傷から細菌が入ったのだろう。高熱で意識が低迷しながらうなされていた。


(大丈夫、頑張って……!!)


シルヴィは自分に言いかせているのか、ライアンに言い聞かせているのか分からない言葉を何度も何度心の中で呟いた。

今のシルヴィに出来ることと言えば包帯を取り替えることや、心的にストレスを抱えている者のケアぐらいしか出来ない。


アルベールも帰城してそのまま休まず現場入りし、まさにここが戦場と化している。


「シルヴィ・ベルナール!!!ぼさっとしているなら出ていけ!!邪魔だ!!」

「──ッ!!すみません!!!」


普段とは比べ物にならないほど冷たく突き刺さるような視線で睨まれビクッと肩が震えた。


疲れている上に終わりの見えない治療に苛立っていることは分かっている。

分かっているが、思った以上にダメージが大きい事にシルヴィ自身も困惑していた。


「気にしちゃ駄目だよ。今はみんなピリピリしてるから仕方ないと思って」

「……はい」


上司であるグレッグに励まされ目頭が熱くなったが、グッと堪え何事もない風を装い頑張った。




◈◈◈




夜が明けようとする頃、ようやく一段落付き見習いであるシルヴィは一足先に上がっていいと言われ、中庭を訪れていた。


シルヴィは何かある度にこの中庭を訪れ、綺麗に咲いた花を眺めて心を落ち着かせているのだが、今回に至っては中々落ち着かない。

それどころか、我慢していた涙がこぼれ落ちた。


それほどアルベールの言葉に衝撃を受けたと言うことだろう。


「……推しの言葉の破壊力ヤバ……」


天を仰ぎながら何とか涙を止めようとするが、すればするほど溢れてくる。


もうスグ夜が明ける。そうすれば人も来るだろう。それまでにはこの滝のように流れ落ちる涙を止めなければ……と思ったその時、ガサッと物音がした。


振り返るとそこにはマティアスが驚いた表情で固まっていた。


(あばばばばば……!!!)


今、二番目に会いたくない人物が目の前にいて慌てて顔を背けたシルヴィだが、既にガッツリ見られた後。


必死に涙を拭っているシルヴィを目にして、マティアスは黙って横に座ると後ろから腕の中に包み込んだ。


「…………へ?」


衝撃的すぎる展開にシルヴィの思考が追いついて来れていない。


「何があったかは聞かない。けど、たまには弱音を吐くのも大事だよ?」


優しく諭すように言われて、シルヴィの涙腺は崩壊した。

肩を震わせ嗚咽がこぼれるシルヴィをマティアスは黙って抱きしめ続けた。


マティアスの腕は逞しく着痩せする人なんだなとか、めちゃくちゃいい匂いするなこの人!!とか涙を流しながらもそんな事を思ってしまう悲しい性。だがそのお陰でだいぶ落ち着きを取り戻して来た。


そして、改めて今の状況を振り返りヒュッと息を飲んだ。

傍から見ればこの状況は男女の逢瀬にしか見えない。


世の眼鏡フェチ女子いや、マティアスファンのお姉様方に殺される……!!


夜も明け、いつ誰ぞやに見られるか分からない。

早くここから離れるのが賢明だと思ったシルヴィはゆっくり口を開いた。


「あ、あの、マティアス様……大変お手間掛けさせてしまい 申し訳ありません。あの、もう大丈夫なの……でぇぇぇぇぇ!!!!!!」


シルヴィが振り返ると、鼻が触れる程の距離にマティアスの顔があり大きく仰け反った。


「──……し、心臓が口から飛び出るかと思った……」

「あはははは!!!そんな簡単には出ないから大丈夫だよ」


ハアハアと息を荒くして胸を押えているシルヴィをマティアスは揶揄うように笑いながら言っていた。


マティアスはシルヴィの頭にポンッと手を乗せると


「いつもの調子に戻ったようで何より」


そう微笑みながら呟いたマティアスにシルヴィは心臓を射抜かれた。


「……わ、私の推しはファンサが過ぎる……」

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