episode.9

モチベーションが上がらない?一体誰がそんなことを言ったんだ?

数分前の自分を殴り飛ばしたい。


先ほどまで死んだ魚のような目をしていたシルヴィの目には光がともり……ともっているというより光り輝いている。

その理由は目の前で汗をまき散らしながら剣を振るう女性、サラ中尉にあった。


「はわわわわわわわわ…………あ、あそこに戦女神がおられるんですが……!!!???えっ?あれは幻か?」


シルヴィは鼻息荒く興奮状態で目を見開いて目に焼き付けている。


そう、お察しの通りサラ中尉は眼鏡女子。それもイケメン女子。これは堪らん!!


茶髪の綺麗な髪は一つに縛られ、華奢な身体付きだがよく見れば程よい筋肉が付いている。

汗がキラキラ日に反射し更に美しさを引き立ててる。

シルヴィはもう気絶寸前で必死に意識を保っていたが、サラが汗を服で拭う姿を見て鼻から血を噴射しながら倒れた。


「シルヴィ!?」

「………………最高の最期でした…………」

「何言ってんの!?ちょっと、しっかりしなさい!!」


アーサーが駆けつけ身体を起こしてくれたが、シルヴィは胸に手を当てて笑顔で目を瞑ったままだ。


「何事だ?」


騒ぎを嗅ぎつけたサラが二人の元にやって来た。

シルヴィは「声もイケメン…………」などと思っていた。


「ああ!!ちょっと!!あんたのせいでシルヴィが死にそうなのよ!!」

「……どういう事だが分らんな」


言い争っているだけだが、耳が幸せ…………

今、目を開ければ目の前には推しの顔が拝める……だがしかし、心の準備が整わない。


「とにかく!!あんたのせいよ!!」

「……そうか。分かった」

「え?ちょっと?」


アーサーの戸惑う声が聞こえたかと思えば、シルヴィは浮遊感に襲われた。


「ふわああああああああああ!!!!」


咄嗟に目を開けたシルヴィに飛び込んできたのはサラの横顔。

次に判明したのは、今自分がサラにお姫様抱っこされているという事実。

その横ではアーサーが苦笑いしながらこちらを見ていた。


(な、ななななななななんッ!?!?!?!?)


「……ああ、目が覚めたか?大丈夫か?すまない。私のせいだと言われたが言っている事がわからなくてな……今医務室に連れてってやるから暫く我慢してくれ」


分らなくて当然だ。こんな特殊体質はシルヴィ以外にこの城にはいない。……とアーサーが思っている中、シルヴィは堪らず、サラの腕の中で気を失った。


「お、おいッ!!しっかりしろ!!」


気を失う前に聞いた声はサラの焦った声だった。




◈◈◈




「お、目が覚めたかい?」

「…………ここは、天国?」

「あはははは、残念ながらここは君の仕事場だね」

「仕事場…………ハッ!!女神さまは!?」


聞き覚えのある声に起こされたシルヴィは夢現の様子で呆けている。

グレッグが笑いながら現実を突きつけてやると、ようやく目が覚めたらしかったが出てきた言葉はシルヴィらしいものだった。


「それは私の事か?」

「はぁぁぁ!!女神様!!!」


グレッグの後ろから姿を現したのは、汗を洗い流し軍服に身を包んだサラだった。

先ほどまでのシャツに汗を滲ませた姿もよかったが、これはこれで堪らん。

その姿の尊さに思わず土下座で応えてしまった。


シルヴィの目が覚める前にサラにはこの過剰反応の説明を済ませてある。

それでも、いざ目の当たりにしたらどう反応していいか困惑してしまう。


戸惑っているサラを見て、グレッグが直ぐにシルヴィの襟首を掴みあげた。


「ほら、中尉が困っているだろう?まあ、通常運転に戻って何よりだけどね」

「はい、サラお姉様がいれば総監様のいない二、三日なんて怖くありません!!ねっ、お姉様!!」


満面の笑みで好意を見せるシルヴィの表情に、サラは胸を撃たれた。


今まで男の世界で生きてきたサラが向けられる視線は嫌悪や蔑視。だから人一倍努力して、中尉まで登り詰めた。

それでも女だからと突っかかって来る者も多いし、女の指図は受けたくないと言うことを聞かない者もいる。


何度、男に生まれなかったことを憎んだか……


軍に入った時に実家からは縁を切られた。女が軍人など家の恥だと言われたから、自ら縁切りしてやった。


女が剣を握ってはおかしいのか!?女が強くなっては駄目なのか!?


毎日自問自答を繰り返していた。

当然答えは見つからなかったが、今、答えが見つかった気がする。


「……君は、私が女だからと卑下にしないのか?」

「は!?誰ですそんな事言ってる馬鹿は!!今からの時代、男尊女卑なんて流行らないですよ!!言っちゃあなんですけど、家庭に入れば男性より女性の方が圧倒的に強いんですから!!よく言うでしょ?かかあ天下って」


ニカッと歯を見せながら笑うシルヴィにつられてサラも顔が緩んだ。


「……そうか……そうだな」

「はいっ!!──って!?え、え、え!?」


急にサラが抱きついてきてシルヴィは顔を真っ赤に染めながら目を白黒させた。


「……ありがとう」


耳元でそう囁かれたシルヴィだが何故お礼を言われたか分からない。ただ一つ言えることは……


(こちらこそありがとうございます!!!)


ご馳走様です……もう満腹です……






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