第85話 戴冠式

“我こそが国王”と宣言すれば王様になれる訳ではない、もっと上の存在から王の権威を認めてもらう必要がある、

 王の権威は神から与えられた物と言う王権神授説だが、王の権威を裏打ちするのに大切な事だ。


 数日後王宮から教会までの道の両側に正装した衛兵が並び王の乗る白馬を目迎目送、

先王は教会まで馬車で行っていたそうだが、新王フーリーは自ら騎乗する事を望んだそうだ。

 まだ若く、いつでも戦いに赴ける、そんなアピールをしたかったのだろうか、そんな彼に従う貴族達も新王にならい騎乗して教会に向かう、延々と伸びる騎馬の列は先頭が教会に着いてもまだ、王宮の門をくぐっていない者もいるほど長い列だった。


 わたしニコレッタは新王から比較的近い位置、馬首を並べるのはフーリーの弟フォビア、わたしが王族に腰入れするのはもはや確定事項の様だ。


 ◇


 王宮から全ての貴族が教会に来るまで一刻程時間がかかったのではないだろうか、もっとも今日は朝から時を告げる教会の鐘は国中どこを探しても鳴っていない、高い青空の静かな日。

 王宮の謁見の間も重苦しいが、教会は違う雰囲気がある、高い窓からの光と重い緞帳、これでもかと詰め込まれた祈りの場では咳払い一つ聞こえない、

「ファウルシュッティヒ」

 教会の者が伽藍に響く声で告げる、教会を出る時には敬称が付いているだろう。


 大理石の上に引かれたカーペットの上に歩みを進めるフーリーことファウルシュッティヒ新王、ここで冠を頂いて本当の王になるんだよ、

 右斜め後ろには侍従長、左斜め後ろにはマグダネーラ様、まだ結婚の儀は済ましていないが、こういう場に同行する事で次期国母をアピールしているのだろうか?



 戴冠式は粛々と滞りなく行われ、エーデルトラウト枢機卿とクレーメンス法主の2人の手でフーリーの頭に冠を乗せた、その後新王は居並ぶ貴族達に向かって言う、

「今ここに国王になった事を宣言する、我の目標は国を一つにまとめ上げる事」

 この宣言は色々な含みがあるが、先王がわたしに飛行機についてどう思う?と訊かれ“国を一つにする物”

 と答えた経緯を踏まえての言葉だろうか。


 宣言が終わると同時に鐘が鳴り響きだした、本教会だけでなく国中全ての教会の鐘が鳴りまくって、新王誕生を告げている。


 ◇


 延々と待たされ、あっという間に終わった戴冠式、貴族達はすぐには帰らず教会の主だった人達と話しあい、教会は国の権力を支える存在なので、そんな彼らと人脈を築いておきたいのだろう。

 話し込む貴族達の顔をさりげなく記憶していたわたしに話しかけて来た小姓、その服を着ていると言う事は君、教会の人間だね、

「ニコレッタ様でよろしいでしょうか?」

「左様でございますが」

「我が主がお呼びですこちらへ」

 言われるがままに付いていったわたし。


 良く言えばシンプル、忌憚なく言わせてもらえば殺風景な部屋で待たされたわたしは硬いソファに座って待つ、

「お待たせいたしました、ニコレッタ様」

「これは法主様、戴冠の儀お疲れ様でございました」

 王冠を頭の上に乗せるだけの仕事とはいえ、国を任せるに値する人物かどうかを見極める必要がある、その心労はいかほどか。


「大丈夫ですよ、ニコレッタ様の抱えている苦労に比べたらほんの些事でございましょう」

「わたくし未だ学校に通う未熟者でございますゆえ」

「ニコレッタ様巧言令色はこの辺にして本音を割った話し合いを致しませんか?」

 今までの好々爺の表情が消え、鋭い目つきでわたしを睨んで来る法主様、何が望みなの?

「飛行機に関する事でしょうか?」


「左様、飛行機をどちらで学ばれたのですか?」

「わたくし共飛行工房のスタッフが一丸となって……」

 わたしの言葉は法主様の手で遮られた、

「質問を変えましょう、あなたはどこの世界から来たのですか?」

「なぜその様な質問をなさるのか、理由をお聞かせ願えませんか」


「以前“紋”を頂いた事を覚えておいでですか?」

「ああ、たしかスキルを告げられた時に」

「左様です、紋は人間の顔の様な物だとお話し致しましたが、ニコレッタ様の紋はこの国の誰とも似ていません、獣人族も含めてです、

 そしてニコレッタ様は凡庸とは程遠い存在、こちらの世界に無い物を次から次に考え付いていますよね」


「そこまで考えが及んでいたのですか、法主様の仰る通りでございます、

わたくしこことは全く違う魔法の無い世界からやって来ました、そこでは魔法は無くても空を飛び、

 高い建物、そうですねぇ~、この教会の何十倍も有る様な建て物が幾つも建っていて、馬の必要の無い馬車が通りを埋め尽くしていた世界からやってきました」


「こことは随分違いますね」

「驚く事ばかりです」

「前の世界に帰りたくはないのですか?」

 もうわたしは死んでいる、首を左右に振る。



「法主様、わたしはどうなるのでしょう?」

「逆にニコレッタ様に問います、これからどうしたいですか?」

 今更外見を繕っても仕方ない、本音を言うだけだ、

「皆が自由に空を飛ぶ世界になって欲しいと思っておりますし、その様に努力して参りました」

「今後もその気持ちはお変わりないですか」

「ありません!」

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