戦後編
第82話 戦後処理
当初の予定では首都の占領に最長三日、運び込む部隊は最大増強一個連隊を想定していたが、一個大隊で事が足り、アルミン軍の武装解除と政権交代の為の文官を送り込んでいるのが航空隊の主な仕事。
問題の国境地帯からは双方武装兵力を引いて、両国を結ぶ道路建設が最速課題で始まっている、このペースなら数十日で、双方の国が幹線道路で繋がる。
更にアルミンの領地ごとに設けられていた関所は廃止、これの一番反対が多かった、何しろ収入の減少につながるのだからね。
それでも最後はクラリッサの一喝で廃止、領境を守っていた兵士の大部分は道路工事の為の作業員に仕事替え、
王国もそうだけど、アルミンでも道路事情は悪い、むしろわざと悪くしている、自分の領地を守り易くする為、と言う近視眼的な発想だけど、そんな旧態依然とした発想をあざ笑うかの様に計画された石畳の幅の広い道。
物流を活発化させればそれだけ経済も潤う、そんな単純な理屈なのだが、感情論は頑迷だった。
それでも残した関所は幾つかある、魔物の森を通りオステンブルグに向かう街道には厳重な関所を設け金銀の流出を止める、貨幣であろうがいかなる形でも金銀の持ち出しは厳禁、
両国共通の通貨は魔石、魔物の森の際に住む優秀なハンターの高地羊人族には大きなアドバンテージになると思うよ、
もう一つ残したのが高地羊人族の居住地と低地羊人の国をつなぐ場所にある関所、男性は自由に往来できるけど、高地羊人族の女性が外に出るには鑑札が必要と言う制度にした、あえて明言しなかったが精神感応の力を持った双子を流出させない為の措置。
◇◇
戦端を開いてから四日目、わたしは父グートシュタイン公爵に呼ばれ王都に向かった、
アルミン戦役の報告の為だよ
父バルナバス・グートシュタイン公の後ろに付き従い王宮謁見の間に通されたわたし、
父は結果を国王に上奏、
「……かような方法を用いて低地羊人の国を占領し、我が国の力を誇示すると同時に条約の締結を急がせました、先程申した通りアルミン国との貿易が自由化される事により、経済の活発化を図ると共に人的交流の促進も促して行きたいと思います……」
芝居がかった仕草で報告を読み上げると上奏文を綺麗に畳む、絶妙なタイミングで侍従がやって来てトレーを差し出すので一礼して文を渡す、
全て儀礼と言う形式ににのっとった動きで進んで行く、この後国王から何か一言有るはず、
「グートシュタイン公よ」
黙ってひざまずいて臣下の礼を取るのが返事、
「大義であった」
「もったいなきお言葉でございます」
本当ならこれで終わりだけど、そうはならなかった、
「ニコレッタとやら」
胸に手を当てそっとお辞儀をするわたし、
「空を飛ぶ乗り物をどう思う」
なんだこの質問、わたしを居並ぶ貴族の前で試すのか?
本来ならわたしの様な小娘に直接国王が話しかけるなんて有り得ない、躊躇していると国王が、
「許す、答えてみよ」
「国を一つにまとめる物だと思います」
レナーテ先生なら何点の評価だろう?40点くらいかな、
「うむ、良きかな、下がって良いぞ」
わたしと父グートシュタイン公爵は90度左に向きを変え儀礼の間を後にする、そのまま回れ右をして帰らないのは国王に尻を向けないと言う配慮だそうだ。
◇◇
王様の謁見を済ませたわたしは翌日大公息女マグダネーラ様の離れに呼ばれた、大公家ともなると王宮の中にちょっとした離れを貰えるそうだ、
洗練された動きで音一つ立てず優雅に茶器を置くメイド達、貴族学校でのお茶会は子供のごっこ遊びだったのだと痛感させる華麗な動作、
「まずはお疲れさまでした、ニコレッタ様」
「マグダネーラ様、お気づかいありがとうございます、わたくしは父や周りの人に従って動いていただけでございますよ」
「貴族学校の実習でもそうでしたけど、思いもつかない作戦をたてますね」
「優秀なスタッフがおりますので」
貴族学校でお茶会や談話室で話をした時はもっと虚心坦懐に胸襟が開けたのだが、王宮と言う場所だからだろうか、それともマグダネーラ様はもう卒業してしまわれたからなのか、
本音を言うのがはばかられる、そんなわたしをおもんばかってかマグダネーラ様が言う、
「ニコレッタ様、今日は天気が良いのでお庭を案内いたしますわ」
◇
マグダネーラ様は庭の真ん中にある噴水を案内してくれる、
「まぁ、すてきな噴水ですこと、マグダネーラ様」
「お気に召しましたか?
ところで陛下の質問には上手くお答えしましたわね」
今になって噴水を案内してくれた意味が分かったよ、わたし達の会話は水音で周りには聞こえないわね。
「あれで良かったのですか?」
わたしの言葉に頷いて答える大公息女、
「グートシュタイン公も上手くやりましたし、問題ありませんわ」
「その、わたくし王宮の中の腹芸は良く分からないのです“上手くやった”とは?」
「今回は領地の割譲は要求していませんし、交易の再開と言う控えめな条約締結で済ませた事です、
これがもし大量に領地を得てオステンブルクだけが美味しい思いをしたら潰されますわよ」
「はぁ、正直に申しますと、作戦を成功させる事しか頭になくて戦後の事まで考えが及ばなかったのです」
「それで宜しいのですよ、ところでニコレッタ様、アルミンには高位の貴族を常駐させますわよね」
「しばらくは睨みを効かせなければなりませんからね」
「ジークムント王子がよろしいのでは?」
ジークムントは第一王子、第一次羊獣人戦役で苦杯を舐め求心力を無くした彼、なぜこのタイミングでジークムント王子を起用するのか、そもそも彼がこの役を受けるのか?
「ニコレッタ様、お父上に進言してくださいな」
ニッコリ微笑むマグダネーラ様だが、断ると言う選択肢はない様だ。
◇
ジークムント王子は二つ返事で引き受け、ヘルマーナ行きの飛行機に飛び乗ったそうだ、マグダネーラ様は将来第二王子のファウルシュッティヒと結婚するはず、本来ならフーリーに役を任せるとか、自分が行けば良いのだと思うのだが。
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