第81話 平定
兵達が重厚な扉を開くと予想通り玉座の間だった、主だった貴族や重鎮たちに囲まれた主に向けて告げる、
「アルミン国王だな」
「左様」
「無益な殺生は好まぬ、兵の抵抗をやめさせよ、我々の目的は殺戮ではない」
「いきなり攻めて来て何を言うか!」
武官の長らしき人物が激昂するが、王はそれを手で諌める、
「国王として宣言する、我々アルミン国は人間の国に対して一切の抵抗をしない」
「結構」
「この王冠が望みか?」
「我らの望みは話し合いのみ、冠ではない」
交渉をするけども、その議題は領地ではない、と宣言した。
◇◇
昨夜の夜半から始まった侵攻作戦は翌日の昼食前に終わりを迎えた、今はアルミン国王達と食卓を囲んでいる、豪華な楕円のテーブルに供される料理、もっとも雰囲気はお通夜そのものだけどね。
「お前達領土には興味が無い、と言っていたがどうせ舌の根の乾かぬうちに土地を要求するのであろう」
立派な角をした羊人貴族が口を開いた、
そうそう、羊人族は高位になるほど角が立派、更に男性の角は下腹部に付いている物と太さが同じとヴァンナが言っていたけど、本当かな? だとしたらすごく恥ずかしいと思うのだけど。
彼の言葉が呼び水となったのか、
「人間ども! これはなんの仕打ちだ、いきなり首都に攻め込むとは無体にも程があろう」
「そうだ、そなた達の行いは礼儀以前の問題だぞ」
一斉に騒ぎ立てるアルミン貴族達。
しばらく騒がせた後、クラリッサは後ろに控える衛兵に合図すると、短槍の石槌が大理石を叩く。
ホールは一瞬で静寂に戻った。
わざと黙って間を作ったクラリッサ。
「アルミン王に問いたい、七年前の霜の季節、貴国と我が王国は戦端を開いた。
これは間違いないな」
小さい声で
“勝手に攻めてきおって”
とアルミン貴族の声がしたが、クラリッサが一瞥すると、そのまま頭を下げた。
「確かに、その通りだ」
喉の奥から絞る様に言葉を捻りだしたアルミン王。
「そうだ、不幸な行き違いより二つの国がいくさになった、そしてその戦争はまだ終わっていない!
そうだな?」
今度はアルミン貴族も、何も言わない。
「我々の目的はただ一つ、戦争を終結させる事だ」
文官があらかじめ作成して有った条約文をアルミン王の従者に渡す、
従者はそれを恭しく王に差し出す。
数枚の羊皮紙を何回も読み返すアルミン王。
「諸侯の領土は安堵すると書いてあるが…」
緊張の面持ちで王を見つめていた貴族達に安心感と言うか安堵感の様な雰囲気が漂う。
「…だが各領の領民軍を廃止とは無理ではないか?」
王のつぶやきを貴族達は聞き逃さなかった。
「人間よ、何を非常識な」
「そうだ! 兵の無い貴族に意味があるのか」
「お前達そうやって、我々を裸にして攻め込んでくる気であろう!」
クラリッサは軽く左手を振る、武骨な鎧で包んだ兵士の一団が訓練された歩きで入室する、
面覆いを下ろし、顔の見えない一団に不気味さと冷酷さしか感じられない。
兵の列は教練の様に入り口からホールに入り、全周を囲った時点で、
一斉に“右向け右”、“左向け左”をする、鋲を打ったブーツが一斉に音を立てる。
一糸乱れぬ動きは、指揮官の命令に無条件で従うと言う事を表している。
整列完了の合図で全員が槍の石槌を下ろす、先程とは比べ物にならない大音響がホールに響き、残響が消えた後は温度が数度下がった様に感じた。
「さて、アルミン王、及び貴族の方々、事は国の命運をかけた大事な事案、充分に話し合われよ。
私はいつまでもここで待っているからな」
これは、早く結論を出しなさい、選択肢はありません、と言う圧力に他ならない。
とは言え、武力を無くすとは余りにも、貴族達は既得権益を手放さない方法を探しまくっている。
「失礼致します、わたくしグートシュタイン公名代のニコレッタと申す者、いきなりで当惑されている模様、詳しい説明をしたいがよろしいでしょうか?」
王も貴族も首肯するだけ。
「まず、貴族領の領兵を廃止する事でありますが、何も明日から廃止しろと言う意味ではないです。
二年間の猶予期間があります」
これは二年後には嫌でも裸にされると言う意味だが、追い詰められた貴族達には天からの福音に聞こえた様だ。
「領兵を廃止しても全ての兵を復員させる訳ではなく、中央政府直属の部隊として再編成をするので、貴国の国防力に穴が空く訳ではない、むしろ効率的な運用が出来て、軍事力そのものは高まると思われますよ」
クラリッサが冷酷に無理難題を押し付け、わたしが現実的な解決案を提示する、最初の打ち合わせ通りの展開だ。
話の分かる相手が出てきて余裕が出来たのか、王が口を開く。
「だが、高地羊人族達に高度な自治を認めるどころか、国内を自由に移動する権利まで与えるのはいかがなものかな?」
「アルミン国王に問います、今回我々はわずか半日で貴国を制圧いたしました、これは高地羊人族タークの献身的な協力あってのもの、
彼らがなぜ我々人間の為に働いたと思われますか?」
クラリッサは怖いけど、わたしの様な小娘ならばいなせると思ったのだろうか、アルミン貴族が口を開く、
「お嬢様はわが国の事を御存じないご様子、彼の者達は山奥の遅れた部族、我々が啓蒙してやっと普通の暮らしが出来るようになったのですよ」
「左様、ケダモノが人並みになれたのは我々のおかげ、奉仕するのは当然の事で……」
「お前達何を言っているのだ!」
再びクラリッサの声がホールに響く。
「わたしは高地羊人族に関して知る機会が有ったが、彼らはそなた達の苛斂誅求に苦しんでおるぞ。
先の戦争でも多くのタークの若者を徴用し前戦で使い潰したではないか」
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