第80話 ラペリング

 エデラー台地の飛行場に帰頭したフェルナンダ機、すぐに樽を積みこんで戦場に戻りたくてウズウズしているのが見てとれる、

“たぶん三回目は必要無いわね”

「何か仰いましたかニコレッタ様」

「あっ、いやイラーナ何でもないの」

「飛空艇の準備が出来ました、ルーペルト隊が乗りこんでおりますが」

「わたしも行きます」


「ニコレッタ様、現在クラリッサ様の部隊は王宮に進入を開始致しました、敵は建物に立てこもって抵抗を続けていますが、適宜航空支援を受けて進軍中との事です」

 羊人娘のメノーラが言う、今や17歳となった彼女、わたしの元に来た頃はまだあどけなさの残る顔つきだったが今ではすっかり大人、そして彼女の魔力も大人顔負け。

「メノーラ、今から危険な場所に行きます、あなたが怪我をしたり最悪の事態になったりする事は…」

「ニコレッタ様、わたしはあなたの従者です!」

 わたしの言葉は途中で遮られた、

「そうね、行くわよメノーラ!」



 ◇



 第三波のヘラクレスが運んで来たのは飛空艇、今や展張され浮かびあがるのを待つばかりの状態、ルーペルト率いる領兵隊の中でも選りすぐりの精兵が既に乗りこんでいる。

 通常の兵士が持つには短すぎる剣とコンパクトな弓を装備して、白兵戦に特化した部隊だと分る。


 グングンと上昇して行く二つの飛空艇、アレマンの国の首都ヘルマーナが遠くに見えるが、パッチワークの様な畑の中に浮かんでいる大きな島の様に見える。


「ニコレッタ様、今クラリッサ様が我々を視認したそうです」

 クラリッサの横にはメノーラの双子姉妹のメリッサがついている、

「何と言っているの?」

「三本並んだ塔の真ん中に降りろ、と言っております」

 ゴメン何言っているのか分からない、下の地面から見上げるのと上空から見下ろすのでは景色はまったく違って見える、

 瓦の色や屋根の形で判断して降下する塔をやっと見極めた。


「私が先頭です!」

 軍の特殊部隊等がヘリからロープで降下するリペリング、飛空艇はヘリと違ってダウンウォッシュが無いから楽に見えるけど、常に風の影響を受けている飛空艇は1Mくらい平気で動くから屋根に叩きつけられそうになる、


 団地のベランダくらいの狭い場所に降り立ちドアを蹴り破る、身体強化のおかげでわたしの力は屈強な兵士並みだ、

 ここからはスピードが勝負、全員が降りるのを待たず、わたしとイラーナ、メノーラは階段を駆け降りると、広めの廊下に出た、

「この狼藉者が!」

 後ろから叫び声が聞こえ、羊人娘のメノーラが風魔法を放つ、彼が誰なのか分からなかったが数メートル飛んで行った“たいした事ないせいぜい肋骨の骨折だよ”


「イラーナ白の発煙弾!」

 外野手みたいなポーズで投げた発煙弾は長い廊下の端い当たり白い煙を吐き出した、

「人がいそうな部屋にはどんどん発煙弾を投げ込みなさい」

「了解!」


 途中から合流したルーペルト達もわたしの意図を見抜いたのか発煙弾を投げ込みながら叫んでいる、

「早く逃げろー」

「火事だぞ!」

 火災程怖い物はない、これは人間の本能的な恐怖心。

 真っ白な煙が部屋に満ちただけで立て篭もっていた王宮の要人達はパニックになり、我先に外に飛び出す。


 羊人達にしてみれば人間の軍隊が突然王宮に攻めて来て右往左往していたら、王宮の深部で火の手が上がったと思って逃げ惑っているようだ、実際には少し粉っぽいだけで無害なんだけどね、


「この階は制圧しました、下に降ります!」

 王宮らしい幅の広い階段を降りて行くと、豪華な調度品が倒れ、カトラリーが散乱している、

“わたし達が来る前に火事の恐怖で逃げ出したみたいね”

「ニコレッタ様、クラリッサ様より、もはや敵の抵抗は無くなり、今は逃げ出して来る者達を捕虜にしているそうです」

「分かりました、高位の者を逃がさない様にしてくださいと、伝えてくださ……」


 最後まで言う前に左の死角から兵士が剣を構えて突進してきた、腰だめに構えた直刀でわたしを田楽刺しにする気だった様だが、既のところでかわす、

 体軸がまったくブレない回転で今度は上段で切り下ろそうとする手馴れ兵士、

 この兵士思いのほか機敏に動くし、攻撃に切れ目が無いので魔法を撃つタイミングがはかれない、

 わたしにも同じ剣を与えてくれればまともな勝負になるのだが、今のわたしには腰にぶら下げたナイフ一本のみ、攻撃魔法を使えばいいから重い剣なんていらない、なんて嘯いた自分を叱ってやりたい、

“ローマン教官、あんたの教えは正しかったよ”


 ポケットに感じる重み“これを使うか”

わたしは腰のナイフを抜くと、流れるような動作で顔面に向けて投てき、そんな事は想定済みとばかりに最低限の動作で避ける手馴れ兵士、

 だけどそこがわたしの狙い目、左手に握った金貨を避けた顔に向けて投げる、

 見た目15歳の小娘だが筋力はプロアスリート顔負けのわたし、

 バドミントンのシャトルよりも速い速度で投げられた貨幣は彼の頬骨を砕いた様だ。




 逃げ出したのは侍女やメイド、文官達だったのだろう、残っているのは骨の有る兵士達、わたし達はアルミン国王の居場所を目指して進んで行く、

 敵の抵抗がもっとも強い場所を目指せば良いのだから簡単だ、そのうちに階下からやって来たクラリッサ隊と合流する、


「ブリセイド、カンデラ、緞帳の奥を探せ隠し通路があるはずだ」

「クラリッサ様、第二小隊が建物の裏側を抑えました」

「女共は逃がせ、男だけは注意しろよ」

 わたしとクラリッサ様は兵達が制圧した広い廊下を歩いていき、一枚の荘厳な扉の前までやって来た。


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