第79話 爆撃機

 深夜の首都警備隊、数人の当直以外は隊舎で熟睡中、警備隊とは言うものの敵に備えると言うよりも、流れ込んで来る流民が主な相手、城門を締め切ったこの時間帯はたいした用は無い。


 警備隊の指揮官ロッドマンはノックの音で目を覚ます、

「何事だ?」

 幹部隊舎の入口には松明を持った高地羊人族、何人かは馬市で見た顔だ、

「隊員全員を倉庫に集めろ」

 なんの感情もない冷酷な命令、明かりが欲しければ魔石灯を使えば良い、あえて松明を見せつけるとは放火も辞さないと言う意思の表れ、


 全員一か所に閉じ込められ火を放たれると覚悟をしていたのだが、焦げ臭い臭いはしてこない、

 高地羊人族は首都警備隊には興味がないとばかりに城門を開けようとしている。



 ◇◇



 エデラー台地を降り、進軍を始めたクラリッサ指揮の歩兵隊、兵達は一列になって街道の両脇を歩き、道の真ん中は開けておく、これは伝令の馬が走り易くする為。

 兵達は訓練同様に歩みを進め、時折伝令の蹄の音が響く以外は自身の足音と雑嚢が擦れる音だけの世界。

 心を殺す事に慣れている兵士達、行軍の時間は早送りみたいな感覚だったのだろうか?

ヘルマーナ市城門前に着くと戦闘体型に展開。


 ◇


 東の空が黒から紫、やがて太陽の色に染まって来る時間帯、普段なら早起きをして井戸の水を汲み、かまどに火をつける早起きの主婦達だが、そこかしこにかたまっている人間の兵隊を見て、あわてて扉を閉め、かんぬきを下ろし鎧戸を閉じる、


 白馬に跨ったクラリッサが現れると場の雰囲気が変わった、

「我々の味方の高地羊人族は左腕に黄色の布を巻いている、間違えるなよ」


 首都進攻は粛々と始まった、主な抵抗拠点はあらかじめ高地羊人族が抑えてくれてあるからひたすら王宮に向かえば良い。



 クラリッサ隊は抵抗らしき抵抗を受けず王宮の入り口にまで到達した、壁に囲まれたヘルマーナの街だが、王宮は更に壁の中の壁、そして初めて抵抗する守備隊に出会った、

「壁沿いの穴から矢を射ってきます」

 射撃に関しては高いところから打ち下ろす側が有利な事は弓矢でも同じ、しかも守備側は堅く守られた城壁の隙間から打ち下ろしているのに、こちらは遮る物は何もない状態。


「炎魔法で焼き尽くしましょう」

「そんな事をしなくても良い、兵達に黄色の発煙弾で身を隠すように伝えろ、煙の中では狙いは定められないからな」

 そう指示を出すと自身は発煙矢をかまえる。

「皆、一旦城壁から離れろ!」


 ◇


 首都警備隊はヘルマーナの街とその周辺を守るのが仕事、平民でも隊長クラスになれる程度の部隊だ、だが近衛隊は違う、王宮の警備に専念する為の部隊、儀礼に専念する儀仗隊だと思われているが、貴族が中心の戦う部隊だ。


 どうやってやって来たかは分からないが朝になったら人間達の軍隊が街中に押し寄せて来て、市内はあっという間に平定された、所詮は平民上がりの首都警備隊だ。

“だが我々近衛隊は違う、この身を盾にしてでもここを守るぞ”

「隊長!人間どもは煙で目隠しをしています」

「こざかしい、撃ち方やめ、矢を無駄に使わせる気か、煙が晴れたら一気に攻めて来るぞ、構えておけ」


 そう叫んだ隊長の足元に手首程の太さの筒が落ち、ピンクの煙を吐き出す、

「落ちつけ、ただの煙だ、持ち場を離れるな、敵が一気に来るぞ」


 ◇


 王宮周辺で始まった戦いを上空から見下ろすフェルナンダ、

「フェルナンダ様、黄色の煙が上がっています」

「煙の中には味方がいるわよ」

 8機やって来たヴィアベル機、五機は牽引専用、残り三機は小さな樽を数個抱き抱えて“爆装”している、

 樽の中は魔具の力で煮えたぎる熱湯、ヘルマーナの街上空を旋回しながら発煙弾が上がるのを待っている、


 鈍足のヴィアベルとはいえ、地上の敵味方を見分けるには機速が速過ぎる、二重の城門を構えたヘルマーナの街だが、内側の城門の外側に黄色の煙が立ち込めているのが分かる、

城門の上からピンクの煙が湧きだしている、

「味方に被害が及んでは本末転倒だ、城壁沿いに飛ぶぞ」


 フェルナンダが操縦するヴィアベル機はピンクの煙めがけて降下、腹に抱えた贈り物をばら撒く、

「フェルナンダ様、命中です!全て城門の上に落ちました」

 普段冷静な侍女シャスティナが興奮気味に言う、

「すぐに帰頭して次の樽を積みますよ」


 ◇


 近衛隊の隊長は背中に激しい衝撃を受け絶命した、ピンクの煙めがけて落とされた熱湯の詰まった樽、やけどと高温で悲鳴を上げる近衛兵士、

 城壁の上の惨状が聞こえて来た、だが羊人族は手ごわい戦士、すぐに体勢を立て直すだろう、その前に畳みかける。


「今だ、一気に城門に取りかかれ!」

 それまで煙の中で息を潜めていた歩兵が一気に城門にとりかかる、戦鎚を持った兵士が力の限り閂を叩きこわすと門を開き突入する兵士達。


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