第76話 草競馬
わたし達潜入部隊は高地羊人族の案内で比較的簡単に低地羊人の国アレマンの首都ヘルマーナ近郊にまで到達できた、
わたしを待っていたのは元メイドのヴァンナ、東方羊人族と言うあまりなじみの無い羊人族の一部族になりすまし、根回しをしてくれていた、
いまや頭の角が自然に見えるがこれは手の込んだウィッグ、
もちろん今はわたしも同じ様な角付きウィッグを被っている。
「ここの台地はヘルマーナまで馬で半日程の距離です、見ての通り水利が悪いので畑は無理ですね」
「他の者が入って来る恐れはないのか?」
ウリリヤの族長が訊く、
「ここで馬市を開く予定だと周囲の者達に伝えてあります、それなりに握らせたので大丈夫でしょう」
「それで馬は集まりそうなのか?」
ウリリヤの族長が不安げに訊いて来るが、どこ吹く風と言った感じの彼女、
「あ~、大丈夫ですよ駿馬がこれでもかと集まるでしょう」
予想よりも遥かにあっさり潜入出来拍子抜けしたが低地羊人はそんなに甘い相手ではなかったと思わされたのは翌朝払暁、
早起きして馬の世話をしていたら向こうの方が騒がしい、どうやら首都警備隊と言う連中が押し掛けて来たようだ
“もしかして昨日つけられていた?”
ヴァンナが言葉巧みに対応しているのが聞きとれる、大丈夫今のわたしは角付きのウィッグを被っているし、黙っていれば羊人族の田舎娘にしか見えない、
隊長とおぼしき人物がやって来てわたしに名前を訊く、言葉が分からないふりをしてやり過ごそうと思っていたが、この隊長は意外に鋭い、従者にわたしの顔を洗えと命令した、
「これはお綺麗なお嬢様ではないか、どうしてこんな所で顔を汚していたのか、教えてくれないかな?」
ヤバイな、今のわたしならば攻撃魔法で警備隊を全滅させる事だってできる、だけどそんな事したらこじれるだけだ、
“もう終わりか?”そう思ったわたしだったが、なぜだか分からないが隊長さんは悔しそうな顔をして帰って行った。
◇◇
わたしが敵地に潜入したのは作戦開始前までにヘルマーナ周辺の地形地物を習得させるためだが、もはやそれもかなわないだろう、あの隊長の事だ、この台地の出入口に兵を置いて出入りのチェックくらいしそうだ。
「ヴァンナ、あっさりバレたね」
「まだ大丈夫でしょう、バレたと言うのは警備隊の詰め所にしょっ引かれた時に使ってください」
「だけど、もう外には出られないしどうしよう?」
「作戦開始まではまだ日が有りますよね?」
「月齢の関係であと数十日は有ると思うよ」
「それならば競馬でも開きましょう、塔の件も誤魔化せますよ……」
このメイド発想がフリーダム過ぎる。
◇◇
十数日後本当に競馬が開かれた、招待されたのは首都ヘルマーナでも名士と呼ばれる様な人達ばかり、そんな気品のある人達が馬の着順で一喜一憂している、
「見ろ!テオバ、俺の言った通りだろう、あの馬は後半伸びると思っていたんだ」
そう言って勝ち馬投票券を見せつけているのはここの区の区長様、あんた今回は儲けたけどトータルで見たら赤字だよ。
わたしニコレッタは競馬開催中、厩務員として厩舎に詰めているだけ、例の目つきの悪い警備隊の隊長が来ているからね。
◇
競馬開催でわたし達は高級住宅を買えるくらいのお金を稼いだ、
今は儲けた銀貨を弄んでいる、アレマンの国の銀貨は重さと言うか比重が違う、この違いがそもそもの原因なんだけどね。
「たくさん稼いだわねヴァンナ」
「ええ、皆さん想像以上にお金を落としてくださいましたね」
「ところで羊の国の銀貨と人間の国の銀貨の重さが違うのは気がついた?」
「それは最初に、どうして違うのですか」
「純度が違うのよ、羊の国では銀貨は本物の銀」
「もしかして金貨も?」
「本物よ、混ぜ物なんてしていないの」
わたしの話を聞いて元メイドの馬商人は貨幣を見る目が変わった、
「この純度の違いが羊人国と人間の国が仲たがいした原因なのよ」
「そのー、わたくし学がないので分かり易く説明してもらえませんか」
「昔は羊人国とオステンブルクは細々だけど貿易をしていたの、ほとんどが国境沿いの農民達で、物々交換だったらしいのだけどね」
「はぁ」
「だけど王国の中心部の商人達が入り込む様になると支払いが変わったのよ、彼らは商品ではなく金貨や銀貨その物を持ち出す様になったの」
わたしは子供の手の平くらい有りそうな金貨をヴァンナに見せたらそのままポケットに滑り込ませる。
「商売としては美味しいですけど、羊の国から見たら面白くないですね」
「その通り、国中の金や銀が流出して行くのはよろしくないでしょ、だから羊人の国はわたし達の国と一切の関係を絶ってしまったの」
「それじゃ、ニコレッタ様はもう一度取引を……」
突然ドアが開いた、
「ご主人様~」
羊人メイドのマレイセが大きな胸を揺らしながら駆けてくる、この子のお胸どこまで育つの?
「連絡が来たの?」
「はい、フェルナンダ様から“暁の東の満月に惹かれる我が心止める人無し”だそうです」
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