第75話 首都警備隊
七つ尾根の地頭ザシャは明け方のまだ早い時間に起こされた、快適な睡眠を破ったのは三つ谷の牛農家だ、
「こんな朝から何事だ」
「実は昨日の夜中に変な光を見たので」
件の農民の話によると牛が産気づいたので、昨夜は一晩じゅう家畜小屋に詰めていたのだが、外を見たらまっすぐに伸びる光が見えたそうだ、
「それは稲光ではないか?」
「いえ、カミナリみたいに動かないで、一本のまっすぐな光でした…」
この農民は意外にしつこい、最後は根負けして
“よく報告してくれた郷長に伝えておくから帰って良いぞ”
そう言って納得させた、まったく困った連中だ。
◇◇
パラシュート降下から半日程過ぎた低地羊人の国アレマンの首都警備隊詰め所、
「ロッドマン隊長、高地羊人の一隊が旧街道を首都方面に向けて進んでいるそうです」
「いつの情報だ?」
「今朝の早い時間だそうです、七つ尾根の方向からやって来たと言っておりました」
首都警備隊の小隊長ロッドマンは“高地羊人”と聞いてピクリと反応した、
最近の高地羊人達は頭痛の種だ、やつら以前はおとなしく税を払っていたのに数年前から支払いを拒む様になったと聞く、こちらが“塩の輸出を止めるぞ”と脅しても開き直る始末だ、岩塩の鉱脈でも見つけたのか?
そんな状態だからこの辺にいる高地羊人族の態度も変わって来た、以前は俺達低地羊人にはヘコヘコと頭を下げていたのに、反抗的な目つきで警備隊を睨みつける連中まで出てくる始末。
今はまた人間達が魔物の森の際で騒いでいるから、動揺がこちらに波及しないかピリピリしている、
「旧街道一帯に聞きこみをして行き先を探れ、それから第三分隊は七つ尾根に行くぞ指揮は俺が執る」
◇
七つ尾根に向かう旧街道、昔は栄えていたらしいが、新道が出来寂れるばかり、途中で森と同化してしまった石畳の道、
「ロッドマン隊長、この道は有り得ませんね」
「そうだな、だとすると七つ尾根か」
「あの村も行き止まりの道でしたが……」
ダメもとで行ってみた七つ尾根の村だが地頭から面白い話が聞けた、
「……それで夜中に天に伸びる光の帯を見たと言っていましたが、徹夜で寝ぼけていただけでしょう」
「その牛農家の家を教えてくれ」
地頭の話では牛のお産でたまたま夜中まで起きていた酪農家が夜中に天まで伸びる光を見たそうだ、カミナリの様に動いたり、激しく光ったりもしなかったし、何よりもあの夜は月が出ていた、
酪農家の家まで行き話を聞いて光の帯が出た方向を確認した、途中から馬を降りて進まなければならない道だったが、不自然な広場に出た、
「隊長、ここら辺の草は最近刈られています」
「木の根を抜いたらしき穴も有りました」
「お前達、周辺を捜索しろ!」
七つ尾根の村を含め田舎と言うのは排他的だ、他所者のそれも嫌われ者の高地羊人族がいれば情報はすぐに広まる、だが七つ尾根の農家に高地羊人族が隠れていた痕跡はない、
あるのは山奥に現れた不自然な空き地だけ、
「ロッドマン隊長、兵長がすぐに来てくださいと呼んでいます!」
「今行く!」
谷間の窪地に隠されていた正体不明の器具を前に兵達は困惑していた、
「あっ、ロッドマン隊長、これです」
立派な筐体と大きなレンズを検分する、
「これは魔道具だ、魔石は外されているがな」
「持ち帰りますか?」
「その魔道具は窪地に戻して偽装も元通りにしておけ、もしかしたら回収に来るかもしれんぞ」
高地羊人族は夜中に空を照らして、そのまま旧街道を通って首都に向かった?
◇
ロッドマン隊長が警備詰め所に帰って来たのはもう夜の闇が支配している時間帯、食事もそこそこに報告を受ける隊長、
「高地羊人族が6,7名、それと女性が2人、全員騎乗していたそうです」
「それで行き先はどうなんだ?」
「それが途中で馬商人の一行と合流した様でして」
馬商人の一行と聞いて反応したのは副官、
「確かエデラー台地の上で馬市を開くと言う話は聞いておりますが」
「その話は聞いた、何でも貧民街から人足を集めて塔を建てているとまで聞いたぞ」
貧民街に流れ着くのは高地羊人族や東方羊人族、沼地羊人族達、そんな連中を集めるだけでも頭痛の種だが、なぜ馬市で塔を建てる?
「明日一番でエデラーに行くぞ、明け方の寝ぼけた時に問い詰めてやる」
◇◇
王都から半日程の距離に有るエデラー台地、水利が悪いので家畜の放牧に使われる程度、馬市を開くにはもってこいの場所だ、
東雲に曙光が刺した時間帯にエデラー台地に立ち入った首都警備隊、通常ならこの時間帯に行け相手は起きぬけで奇襲効果が高いが、馬商人の一行は既に起きて馬の世話をしていた、
“起きぬけの相手を尋問するには遅すぎたか”
突然現れた警備隊を東方羊人族や高地羊人族の者達は敵意のこもった眼で出迎える、
責任者を自称する女が現れたがまだ若い二十代だろう、こちらの居丈高な態度を流れるような受け答えでかわして行く、
「……それではあの塔は」
「はい、先程から申しております様に馬競争の時に使用する為でございます、もちろん区長様の許可は頂いておりますよ」
ニッコリと微笑む商人の笑顔、裏が有りそうだがこいつの仮面は厚そうで剥がせそうもない、もっと弱いところを探すか。
「念の為中を見させてもらうぞ」
「はい、それは隊長様のお好きなように」
想像以上に多くの馬が集まっていて驚いた、そして予想通り敵意のこもった冷たい視線、
「こちらの駿馬は東方の更に奥地から仕入れまして、見ての通り大きな身体をしております、荷馬車を引かせるのも良いですし、兵隊さんならこれに乗れば周りの敵が逃げていきますよ…」
馬商人の女はしゃべり過ぎだ、そんな時に飼い葉桶を運んでいる小柄な身体が目に止まった、女性が二人か、報告にもあったな。
小さい方の女性を呼びよせる、
「そなた名前はなんと言う?」
「お名前を教えてあげて」
馬商人の女が助け船を出す、
「… ニーナ …」
顔は泥で汚れているのに妙に気品を感じさせる、馬の世話をする人間ではなく馬に乗る側の人間に見える、
襟元からチラリとのぞいた胸元が真っ白な肌“これはおかしい”
「アポンテ!」
「はい!」
「この娘の顔をキレイに洗え」
従者に命令してニーナの顔から泥を落とすと、雪の様な肌、
明らかに外で働いている者の肌ではない、
「これはお綺麗なお嬢様ではないか、どうしてこんな所で顔を汚していたのか、教えてくれないかな?」
女商人が急いで割って入る、
「隊長様、この娘はさる大店の娘様でございましたが、両親が盗賊に襲われ攫われそうになったところをわたくし共が助け……」
この女は口が上手すぎて逆に信用出来ない、
「色々訳ありの様だから我々が身元を引き受けてもよろしいかな?」
こいつは単なる小娘ではない、絞れば色々な情報が出てきそうだ、そんな時に副官がやって来て私に耳打ちする、
「区長様より、この台地の上には怪しい者はいないから手を出さない様にとの事です」
ここまで怪しいのに何を考えているのだ!
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