第74話 フリーフォール
低地羊人の国アレマンの首都ヘルマーナ、首都周辺は幾つかの区に分かれている、そこの区長の執務室に呼ばれた東方羊人の女とその従者、
「……区長様、わたくしどもは馬商人でございます、台地の上で馬市を開く許可も既に頂いております」
「そんな事は知っておる、そなた達は馬市を開くと言うのに塔を建てて地面まで整地していると聞くぞ、
市などテントがあれば充分であろう」
「実は区長様、わたくし共は馬市にあわせて早馬の競争も開こうと考えておりまして」
先程まで行政職の職員の顔をしていた区長だが“競争”と言う言葉を聞いて身を乗り出す、優劣を決める争いを好むのは男性の本能であろうか?
「競争か、それは面白そうだな、一位の者には栄誉が与えられるであろうな」
「実は単なる競争ではなく、誰が一番になるかを投票する方法を考えておりまして、便宜上“勝ち馬投票券”とでも言っておきましょうか……」
どの馬が一番になるかを予想して券を買い、当たればいくらかお金が戻って来る、そんな商売を区長に説明する馬商人、
皆が人気だと思う馬の投票券は当たっても配当の戻りが少ない、逆に不人気の馬を買ってもしもその馬が一位になれば多額の金が戻ってくる。
彼女の話術に射幸心を煽られた区長はすっかりその気になっている。
「……それは大変面白そうな競技だが、これは賭博ではないのか、この国では許可なく賭博は禁じられていてなぁ」
「いえ、区長様これはどの馬が一番早く走れるかを見極めるだけでございますよ」
女性の馬商人の蠱惑的な口元に区長の気持ちは傾く寸前、後一押しだ。
「区長様、本日はお暇いたしますが、こちらの者はおいていきます、お好きに使ってくださいませ」
胸元が大きく開いた服の女従者、この女性の使い道など一つであろう、思わせぶりにボタンを外す“女従者”
「うむ、競争の件はまぁ、検討をしておこう」
元メイドのヴァンナが区長の部屋を後にする時には、肉感的な女性は区長の膝の上に座って手をまわしていた。
“わたしはヴァンナ、初めはレッケブッシュのお館に御奉公にあがったのだが、ニコレッタ様の専属メイドになった辺りから人生の歯車が急速回転し始めた、
実家が商売を営んでいたので計算は得意だったけど、ニコレッタ様の学級ではそんなわたしを鼻で笑う様な高度な数学の授業、
紙飛行機を創って遊んでいたかと思えば、人が乗れる飛行機を作り出す、気がつけば飛行工房は一大航空拠点、わたしはその中のパイロットの一人に組み込まれたと思っていたのだが、
わけあって北の大地狐人族の中に入り込み、彼らと友誼を結び人脈作りに励んだが、今度は羊人族の中に入って間諜の真似事、
東方羊人族と言う部族の馬商人になり切って馬市を開く事がわたしに与えられた仕事。
◇◇
狐人族の娘ラドミーニ、幼い頃から自分が美人だと言う自覚があった、周りもその様に扱ってくれていたので自然と自信が身についていった、
おかげでオステンブルクと言う人間の国に連れて行って貰えた、
自分は族長の娘でみんなよりも良い暮らしをしていると思っていたのだが、オステンブルクのお屋敷では最下層の下働きメイドの方が遥かにまともな食事を摂っていてビックリしたものだ。
ニコレッタ様と言う黒髪の小さな女の子がわたしの主人、狐人族のわたし達に勉強を教えてくれて、更には飛行機にまで乗せてくれた、
“ラドミーニさん、この飛行機自分で操縦したくないですか?”
こんな質問されて否と答える人はいないだろう、私は二つ返事でパイロット養成コースに入った。
人間族とか羊人族はすぐに道に迷う、自分がどの方向にどれだけ動いたか、なんていつも頭の中に残っているではないか、
機体が離陸してどちらの方向にどれだけ上昇したかを頭の中に入れて地図と照合する。
今は暗闇の中を低地羊人の国アレマンに向けて飛んでいる、さっきから頬っぺたがかゆいのだけど酸素マスクがじゃまでかけない、と言うかマスクをしているからかゆいのだけどね、
わたしに教育を施してくれたニコレッタ様は自身の身体よりも重そうなパラシュートを背負い後部室に、マスクも無しでよく平気な物だ。
◇
パラシュート降下、いくつか種類があるが、軍隊で有名なのが空挺降下、輸送機のドアから順番に飛び降り、青空に白い花の列を咲かせる、
降下高度は東京タワーとスカイツリーの間の高さが一般的、
それ以上の高度から飛び降りると部隊がバラバラになってしまうからだ。
彼らのパラシュートにはスタティックラインと言う黄色の紐がついていて、飛び降りるとほぼ同時に丸いパラシュートが開傘する、
高度300Mから500M、建築用語では超高層だが航空用語では低高度の部類。
軍隊では高高度降下と言う降下方法もある、富士山よりも遥かに高い高度から飛び降り、敵地に潜入する。
高高度降下には大きく分けて二種類、上空高い高度からスカイダイビングの様に降下してある程度の高度で開傘、滞空時間が短く的に発見されにくいが、長い時間自由降下をすると信じられない強風に晒され体温を奪う、頭文字を取ってHALOと呼ばれている。
それとは別に高高度で降下して高高度で開傘、滞空時間は長いが四角いパラシュートを上手く操れば降下地点から数十キロも移動する事が可能だ、こちらの呼び名はHAHO。
国境沿いの補給基地で存在感を示したわたしは深夜にこっそりと離陸、高地羊人族の国に飛びパラシュート降下、空の中によくなじむグレーのパラシュートを開いたら目的地に向けて降りて行く、
一緒に降りているのは護衛騎士イラーナと領兵隊の指揮官ルーペルト、三人では心もとないと言うかもしれないが、隠密作戦だから目立たない事が基本だ。
ゴーグルをしていても風圧が物凄い、15歳の小娘が耐えられるのは貴族学校で習った身体強化おかげ、
漆黒の闇の時間帯だが、白く光る月が地上を這う川筋を照らしてくれる、大きな湾曲部と支流との合流部、地図がそのまま景色となって広がっている。
右手の方に光の帯が現れた、ルーペルトが先頭、イラーナ私の順で上空に伸びる光の柱を緩いらせん状に回りながら降下して行く。
暗闇の中に着地、久しぶりに鼻を突く緑の香りが今は嬉しい、風の無い夜だがすぐにハーネスを外すのは基本、パラシュートを回収する頃には羊人族がやって来た、
「スレッジ!」
「ハンマー!」
合言葉を確認すると、高地羊人族の兵士達が現れわたしの装備を運んでくれる、
「この辺は谷あいで牧畜農家が点在する田舎ですが、先程の光帯で人がくるかもしれません、こちらへ」
わたし達は高地羊人族の案内に従い暗闇の獣道を歩き、降下地点を離れる。
わたし達潜入隊は数時間仮眠をとった、東の空が黒から紫色に変わる時間帯には活動を再開、連絡員を探す。
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