航空侵攻編

第73Ⅱ話 姉騎士

オステンブルク、国境沿い補給基地アントニオ


 貴族学校と言うきらびやかな牢獄から解放されたわたしはオステンブルクの魔物の森の際にやって来た、わたしが初めて現れた場所であり、戦役で血なまぐさい戦闘を見た場所でもある、

 魔物の森は名前の通り魔物の巣窟、広大な森の辺縁部から開墾して農地を広げて行けば最終的に魔物の森は一掃出来るかと思いきや、森が狭くなるにつれ現れる魔物のが強力になると言う事は経験則として知っているので、どこの領地も無理な開墾政策は実施していない。


 魔物の森の際にあるアントニオ基地からはオステンブルクの各地に向けて幅の広い直線道路が放射状に広がっている、まさに扇の要の様な基地だ、

 広大な空き地はしっかりと整地され計画的な道路が走っている、さながら造成中のニュータウンと言ったところか、全ては急速に兵を動員する為の下準備。



「これはこれは立派な街ですな」

 もったいぶった仕草で歩み寄って来る男、

「これはハーゲン様、失礼今はクラッセン男爵でしたね」

「いやいや、公爵令嬢様のお好きなように呼んで頂いてかまいませんよ」


 この男と初めて出会った時、彼は元王族の従者で、わたしは正体不明の幼女だった、

 今では彼は男爵、わたしは公爵令嬢、5年と言う歳月の前に肩書など流れる川と同じ。


「しかし立派な街を造られましたな」

「ここは一大補給拠点です、冬になり正式な動員が始まれば兵士で溢れ、オステンブルク中の飼い葉と武器が集められる事でしょう」

「既に工兵隊が駐屯している様ですが」

 この男目ざとい、さすが王の間諜だ、


「まずは補給路を確保しなければなりませんからね、馬車がすれ違い出来るくらいの道を造ってもらいますよ」

「それは前回の戦役の教訓を生かすと言う事でしょうか?」

 さっそく失言狙いだ、ここでわたしが前回の戦役が失敗だった、なんて言うと作戦指揮官だった現王子を批判した事になるからね、

「貴族学校で学びました、わたくしこう見えても騎士科ですので、シュテファン様の薫陶の賜物でございましょう」

 騎士科長のシュテファンは王宮よりの立ち位置、そんな彼の名前を出したらハーゲンも黙ってしまった。



 ◇◇



 国王の執務室、選ばれた者しか入る事の許されない聖域、見目の良い幼子が薄着で震えている、

「ほれ、エサをくれてやる」

 床に皿を置くと、良く躾けられた幼子は犬の様に四つん這いになって皿に盛られた食事を食べ始める、

 変態国王にとっては幼い子は至高の存在、まだ男女の区別もつかない年齢の子を調教して自分好みに仕立て上げると言う娯楽に嵌っている。


 銀髪の美少年が四つん這いになっている姿を見ると下半身にたぎる物が集まってくる、

そんな思いは無粋なノックで中断される、

「陛下、報告が参りました、只今お時間宜しいでしょうか?」

「よい、入れ」

 不機嫌そうに答える国王、


「クラッセン領主、ハーゲン卿からの報告でございます」

 先の乱では耳となり活躍してくれたハーゲン、その能力を生かすためにオステンブルグのレッケブッシュのすぐ隣に領地を与えた、

 うやうやしくトレーを差し出され書簡を読む、


 魔物の森の際に一大補給拠点を築き万全の状態で攻めこむ姿勢、前回の戦役では歩兵を長い距離歩かせて消耗させた経験を踏まえての事だろう、

 王族の失敗を公爵が活かすと言うのは業腹だが、今のジークムント王子にもう一度攻めこむだけの求心力は無い、

「……ニコレッタと言う娘は貴族学校が終わるや否や駆けつけた模様です」

「ニコレッタか…」

 王は黒髪の娘を思い浮かべる、5年前なら最高のご馳走だったが、今は手足が伸びて醜い大人になってしまった、

「おそらく航空作戦の指揮を執るかと思われます」

「飛行機は戦争には使わない、と言っておきながら勝手なものだ」

「こちらから灸をすえましょうか?」

「それはまだ良い、ハーゲンには引き続き監視をする様に伝えておけ」

 娯楽を打ち切る無粋な俗事は終わり、いよいよ調教の始まりだ、さてこの犬はどんな声で鳴くのかな?



 ◇◇



 夜の帳が降りた前線補給基地アントニオ、

「さてニコレッタよ、本当に輸送機は降りて来られるのだろうな?」

「ご心配なく、わたしの育てたパイロットは優秀ですよ」

 訊ねたのはクラリッサ・カンナビヒ、もともとはグートシュタイン公爵家の跳ねっ帰り娘だったのだが、カンナビヒ家に嫁ぎ、子を産み育ててもその本質は変わっていない、

 幼い子はナニーに任せ、馬で遠乗りをしたり、護衛騎士と手合わせをしたり、子持ちの女性には見えない活発さだ、

 短く刈った髪は既婚者らしく振舞うためではなく、剣術の邪魔になるからだ。


「見えました!」

 学内侍女フィロメナが指さす先には赤と緑の光は滑走路脇に置かれた誘導灯を目指して降下してくる、

 暗闇にも関わらず危なげなく着陸したヘラクレス輸送機はタクシーウェーを通り、エプロンに近づいてくる、後部ハッチを開くと吐きだすように兵士が降りて来て統制のとれた動きで集合し移動して行く。

「一機に何人乗っておるのだ?」

「35人でです、一回に降りられるのは5機だけです」

「牽引機の関係だな」

「左様です、3回降りれば一個大隊が揃いますよ」


 そんな事を言っている間にヘラクレス達はハッチを閉めランウェイエンドに向かって行く、

 待機していたグラウンドクルーが牽引機ヴィアベルの牽引索をヘラクレスに連結させる、

 着陸の時よりも腹に響くエンジン音で暗闇に駆けあがって行く5機のヘラクレスと同数のヴィアベル、

 満足そうな表情のクラリッサが言う、

「さて、作戦について話そうではないか」

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