第69話 男のテント、女のお屋敷

 昼間は演習場で大汗を流したわたし達、男子は全員テント生活、貴族たるものそれくらいタフじゃないとね、貴族は生まれついて貴族なんじゃない、強いから貴族なんだよ。


 わたし達女子の夜は演習場内にある女性用の宿舎で過ごす、野外行動訓練とは言うものの女性らしさを無くさない様にと言う良く分からない配慮のおかげだ、

 うがった見方をすれば青姦防止の為の措置かもしれないが、女同士ならいくら乳繰り合っても妊娠はしないしね。



 食事の後はアヴァンセの女性三人で甘いお菓子を持ちよりささやかなパーティ、すっかりなじみになった、

 こちらの世界に来たばかりの頃、身体は幼女でも心は自警官だったが、最近では公爵令嬢が板に着いて来て、自分がパイロットの候補生だった事は忘れた頃思い出すくらい、

 昔山小屋で書きためた公式や力学の文章を読み返すと、外国語を翻訳している様な気分になってくる、

 自警隊の記憶は次第に薄れて普通の貴族の女性になって行くのだろうか……


「……ちょっと、レッタ何ボヤ~っとしているの」

「あっ、ティナ… いや今日はわたし分隊を全滅させちゃって」

「何言っているのよ、全滅判定もらっていない指揮官なんていないわよ」

 タルクウィニア公爵令嬢が普段見せないはすっ葉な物言い、

「だってタニア、分隊長動作で二回もだよ」


「レッタ、あなたそんな心配よりももっと大切な事があるでしょ」

「演習場の馬防柵よりも大切な物なんてありましたかしら?タニア様」

『演舞会よ』

 タニアとティナがハモッた、

「あっ、そっちの方ね、大丈夫よポーラ・フクスのドレスなら採寸を済ませたから」

 ポーラ・フクスとはミュンヒナーのコンスエラ様が立ちあげたブランド、

 王都の最新の服を比較的人件費の安いミュンヒナーの地で縫製して利益をあげているやり手領主となったカロッサ伯爵家のコンスエラ様。


「ねぇ、レッタ聞いていないの?今年は誰にエスコートしてもらうつもりなの?」

「いつも通りディートハルトでいいんじゃない」

「そのディートハルトがヘネルのアンジェリカを誘ったんだよ」

「へぇ~」

 盛り上がっているところゴメン、わたしには小説の出来事くらいにしか感じられないよ。


「いくらディートハルトが次男でも公爵家でしょ、アンジェリカは男爵家の三女よ」

「つり合いが全然取れないわよ」

 公爵令嬢のタルクウィニアと伯爵令嬢のトリエスティナは頬を赤くして騒いでいる、

女の子の話題って演舞会のドレスと誰が誰をエスコートするかが八割なんだよね。


「あのさぁ、タニア、違う学年の男子からエスコートしてもらうのはありかな?」

「レッタは公爵令嬢だからね、釣り合いを考えないと」

「わたし達を出迎えてくれるのなら、嬉しいけどね」

 ここで演舞会について説明しておこう、最初に男女ペアになり校友会ホールのサーキュラー階段を降りて来るのだが、

 順番は学年が下の順、最初に初年生ペアが降りて先生方や学校のスタッフと挨拶したら、次は二年生、三年生の順、

 先に降りた下級生は上級生を出迎える。


 学年が違う者同士がペアになった場合はエスコートする側、つまり男性の学年に合わせる、下の学年の女の子が上の学年の男の子とペアになれば女の子は上の学年として階段を降りる、これはポイントが高い、

 その逆は人気が無い、女性が下の学年と混ざって階段を降り、下級生として自分の同級を迎えなければならない。



 誰がだ誰をエスコートしたか、なんてあっという間に貴族社会に広がる、単なる学生の色恋では済まないのが貴族学校の面倒なところだ、

「それよりもアンジェリカはどんな子なの? 今日一日同じ分隊だったけど演舞会の話はしなかったし」


 アンジェリカの生家はコンツ男爵と言う特に特徴も血統もない下級貴族の三女で、限りなく平民に近い、

 見た目は可愛らしいけど、ここは貴族学校、周りにはレベルの高い女性ばかりで特段目立つ娘でもない、


「……噂なんだけどね、アンジェリカは娼科生だったんじゃないか、って言われているらしいよ」

 ティナが“最重要機密”を教えてくれる、

 娼科生と言う生徒は正式には無い事になっている、貴族学校の学費が払えない下級貴族は王宮の行儀見習いに子供を差し出せば、国が学費を払うと言う優れた制度だったのだが、今の国王に代わってからは君主の性欲処理の道具になり下がった。

 昼間の野外行動訓練ではアンジェリカは豊かな胸の始まりを見せていた、これはおかしい。


「ティナ、その噂はおかしいよ」

「どうしてよレッタ」

「あの子結構胸あったよ“お相手様”は小さい子が大好きらしいからね」

「それもそうね」

 変態で最低の国王、性欲処理の子供達の胸が育ってくると興味を無くし、記憶を消して奴隷商人に売っているらしい。


 タニアとティナはニヤニヤ笑いながらわたしを見ている、なぜこのタイミングで笑う?

「レッタはいいよね~」

「ほんと身軽で羨ましいわ」

 二人は豊かに育った果実を持ち上げてわたしにマウントを取る。


 女性の胸の悩み、大きすぎても小さすぎてよろしくないと言われているけど、あれはウソだ“大きい方が良い”決まっている、

 手足はスラリと伸びた私だが、身体は薄いままだ、今育たないとずっとこのままなのだろうか。

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