貴族学校5年
第68話 野外行動訓練
貴族学校に入学したばかりの頃はひ弱で情けない子供だったわたし、今は5年に進級して歳も15、手足もスラリと伸びて来てラダーペダルも問題無く踏めるし、操縦桿を握って踏ん張るくらいの筋力が付いた、
わたしは大人の身体に近づいたが男子生徒はもう大人の身体だ、上腕二頭筋は逞しく、肩もガッチリしてきた、特に騎士科の同級生達は戦士の風貌だ。
今は夏学級の野外訓練、
貴族学校の演習林は広大だ、うっそうと茂る森があればまばらに木が生えているだけの灌木地帯、騎兵が駆け巡る広い草原があるかと思えば、なんと村まである、市街戦の訓練か、それとも民間人に対する慰撫工作の授業もあるのだろうか。
わたしはヘネル生の分隊と一緒に行動をしているのだが、魔法は一切禁止、重い背嚢を背負わされ演習林を歩きまわっている、
身体強化の魔法を使えばこんな背嚢両手に抱えてかけ足だって出来るけど“演習冠”と呼ばれる銀色のバンドを頭に巻かれると全ての魔法は封印されると言う、いまわしい道具。
腐葉土の積もった演習林をバラバラになって進む女子三名、バカ男子はわたし達の事など忘れて先に行ってしまった様だ、
「アンジー、大丈夫?」
ヘネルの生徒アンジェリカ、オシャレ命で周りには絶対に隙を見せない彼女だが今は口を半開き、暑さでだらしなく胸元を開いて白い谷間をのぞかせている、
わたしの言葉が聞こえているかも怪しいくらいに疲労困憊の様だ、
足跡をたどりながら幽鬼の様に歩みを進めると、先行していた男子生徒が並べられ演習統裁官から説教、
「今やっと女性三人がやって来ましたよ」
「分隊長パスカル君、これはどう言う事ですか?」
「……なるべく早く目的地に着くようにと命令を受けていましたので」
「なるほど、そういう場合は仲間を見捨てるのですか」
「いえ、……その後から追いつけば良いかと」
「パスカル分隊長、任を解きます、指揮官交代ニコレッタ」
「はいニコレッタ!」
貴族学校は指導者を養成する学校、ヘネル生でも順番に分隊長の役割が回ってくるのだが、あえてアヴァンセのわたしに指揮を執らせるとは面倒な任務の様だ、
わたしの任務は谷間に分隊を進める事だった、まん中には一段高い場所に道があるのだが、そんな所を歩いていたら弓射の的になってしまう、
太陽は容赦なく照りつけて来る中、自分の背よりも高い夏草を汗まみれになり分け入って進む、
次第に両側の谷が狭くなってきた、全員を伏せさせて、状況を確認する、
「イリアージ、左の尾根が怪しくない?待ち伏せポイントだよ」
「確かに、3名程連れて回り込みますね」
彼は疲れた状況でも判断力を失わない稀有なヘネル生、わたしの意図を理解すると背嚢を下ろし草むらの中を進んで行く、
“ビゥゥゥゥ”
「弓射だ!」
やはり攻撃を受けたか、マニュアル通り丸盾で頭を覆う、
バカな男子生徒達は負けるものかと矢を打ち返して、あっという間に戦闘が始まった。
戦闘とはいうもののこちらは魔法を一切使えないので矢が当たれば大怪我、待ち伏せ隊は鏑矢をわたし達の頭上に射るだけだが、頭の上で常に笛が鳴っているみたいで不快この上無い、
当たらないと分っていてもマニュアル通りの防御姿勢を取らないと統裁官に“戦死”とか“負傷”の判定をもらう、
「アンジー、リーリア反対側の尾根を警戒して」
羊人戦役で苦杯を舐めた待ち伏せと同じパターンだ、当然後ろ側からの攻撃も有りうる、
敵役は経験が浅かったのだろう、尾根線沿いに不自然な動きを発見、
「後ろに敵!」
わたしは叫ぶと弓射で反撃、谷間の分隊はあっという間に囲まれ二正面での撃ち合い、
これって自警隊時代の訓練と同じ、小銃が弓矢に代わっただけだけど、こちらの戦闘訓練の方がリアル、
「あっ!」
リーリアが弓を落とす、左手がブラーンと揺れている、
“負傷判定もらったわね”
演習統裁官が杖を振ると負傷判定を貰いその部位が動かなくなる、これも忌々しい演習冠の機能だ、
左手を打ち抜かれたと言う判定を受けた彼女だが、まだ頭が受け入れられないのか、ブラリと垂れさがった腕で弓を拾おうとしている、
「リーリア負傷!」
「了解!」
誰だか分からないけど、男子が答える、
「リーリア、あなた身体を低くして隠れていなさい」
「シュバイナイト、両脚負傷!」
迂闊な分隊員は無様に倒れ込む、
「全員背嚢を下ろして、最初の広場まで後退します、
アンジーとブルーノは先頭、負傷者はパスカルとウリックで、イリアージとわたしは後退を援護します、
逃げる敵の背中ほど狙い易い的はない、後退戦のしんがりは大事な役目。
それでもわたしとイリアージは後退援護、左手を負傷したリーリアは右手で丸盾を持ちシュバイナイトの頭をカバーしている、
“この状況で悪くない判断だね”
待ち伏せ隊は偽装を解き両側の谷から下りてわたし達を追いたてる、
「イリアージ!」
彼は振り返ると、身体を低くして戻って来る、その間はわたしが援護、
「シュバイフ、ヘンリエッタ援護して」
わたしは大声で架空の分隊員の名前を叫ぶ、少しでも多くいる様に見せないとね、
「ステファニー、左からの回り込みが来ます、警戒して!」
本当はわたしとイリアージの二人だけだが、一射するごとに位置を変え大勢に見せる、
次の弓射位置につこうと身体を低くして駆けていた矢先、左わき腹に強い痛み、その場で腹を押さえて座り込む、
「ニコレッタ負傷!」
実際に矢を受けたよりも遥かに弱い痛み、と言う説明を受けたが、あんた達矢で射られた事あるのか?
あまりの痛みにあぶら汗がタラタラ流れていくのが分かる、
両脇を分隊員に抱えられ、ほうほうの体で最初の広場に逃げ帰った時にはフルプレートアーマーの騎馬が数騎待ちかまえていた、
歩兵の天敵騎兵と広場で出会うとは。
「分隊全滅、状況終わり!」
統裁官の声が響いた。
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