第67話 帰頭
ウリリヤを訪問した翌日二機のザパテロが飛来した、急いでフロートを付けたのだろうか?
新しいザパテロ機のフロートはシングルで両翼から補助のフロートを下ろすタイプだった、
◇
桟橋に下り立ったのは真っ赤な飛行服を着たフェルナンダ嬢、
「お待たせしましたわ、ニコレッタ様」
「フェルナンダ様、窓口として高位の者をタークに駐留させると聞いておりますが、ひょっとして……」
「その通りですわ、わたくしがオステンブルグの代表窓口となります」
「これわたくしの荷物です、宿舎に運んでくださる?」
近くに控えていた羊人を当然の様に使う、こう言ったところは生まれついての貴族と言ったところか、
◇◇
羊人娘マリーナの帰還、そしてオステンブルグに帰る事になったわたしの送別とフェルナンダの歓迎の宴を開いた翌朝、
いつもより早い時間だと言うのに侍女フィロメナに起こされ、身支度をさせられる、
「今日はそんなに早起きする日でしたかしら?」
「空気が澄んでおります、湖畔の道を散策されてはいかがでしょうか?」
「よろしいですね、そう致しましょう」
高地羊人に招待された身とはいえ、お互い腹の探り合いは真っ最中、わたしの一挙手一投足は常に監視されているだろう、無駄な事は言えない。
◇
やっと朝靄が晴れて来たタルサ湖、鏡の様な湖面とはこの事を言うのであろう、遠くの桟橋に係留されたザパテロ機と警備の兵士が見えるだけだ、
ガラス板の上に置かれた様なザパテロ機を眺めていたら後ろから声をかけられる、
「おはようございます、ニコレッタ様」
「これはフェルナンダ様、静かな良い朝でございますね」
「まこと、絵描きを連れて来るのを失念してしまいました、この風景を額にしまっておきたいものですね」
そんな益体も無い会話をしながら湖畔の道を歩く、会話の聞こえないギリギリの距離にそれぞれの侍女、フィロメナとシャスティナがついて来る、
「いかがですかこの地は」
令嬢の口調から上級官僚の声音に変えたフェルナンダがわたしに訊いて来る、
「農業生産性の低い土地です、今の土地ではこれ以上人口を増やせません、わずかな冷害で一気に人口を減らすリスクがあります」
ぞれぞれの部族をまわって色々と訊いてみたが、結婚のハードルが高い、族長の許可は絶対に必要、
男女が勝手にまぐわう事自体が罪になり、共同体から追放される、
現代人の感覚からしたら“おかしいのでは?”と思うかもしれないが、生活のリソースが乏しい社会では産児制限は必須。
乳児の死亡率の高いこの世界では女性は10代半ばから子を産み、二年ごとの妊娠出産のサイクルを繰り返す、
高地羊人の国で同じことをしたら家族が共倒れになる。
わたしなりの分析を述べてみた、
「それで何か対策は考え付きましたか?」
「わたしの侍女フィロメナは北の国ミュンヒナーの出です、彼の地では寒さに強いイモがあるそうなので何種類かを持って来て植えてみたいと思います」
「よろしいですね、わたしの方からも高地羊人達に働きかけましょう、
それで昨夜言っていた教育の話はどうなのですか?」
「今はまだ昨夜の話以上の事は考えておりません、この地では冬になると共同生活を送るので、その時に簡単な読み書きや計算を教えます、その為の教師役を今日の便でオステンブルグに送ります」
「それから先は?」
「優秀な者はオステンブルグに引き抜き専門の教育を受けさせましょう、向こうで就職させても良いかもしれませんね、
そうすれば給料を貰う習慣が身に着くでしょうし」
評価で“可”を取った課程学生を見る様な目になったフェルナンダ。
「ニコレッタ様、ずいぶんのんびりした変革ですね」
「いきなりの変化は戸惑うでしょうし……」
「イモも教育も大いに結構、ですが問題の根本を見誤っておりますわ」
「教えて頂けません事」
結構自信があったのに否定されるとは、思わず口を尖らせてしまった、
「一番の問題は高地羊人のは低地羊人の国アレマン族の土地を通らない限り他に行けられないと言う事ではございません?」
高地羊人の住民が外の国行くには男はアレマン族に兵士として徴用されるか、見目の良い若い女性は“税”の代わりとして献納されるかのどちらか、
これは地形からしてどうしようもない、南側には急峻な山脈が迫り、西は魔物の森、東と南は低地羊人アレマン族の国。
「……いわばこの国はコルクで栓をれた瓶の様なものです、ザパテロで教師や双子を数名運んだところで根本問題は解決されておりません
コルク栓を抜く方法を考えてくださいませ、ニコレッタ様」
フェルナンダの言う“コルク栓”を抜くとは低地羊人の国と事を構える事に他ならない、昨年の春大敗を喫した戦争をまた始めろと言っているのか?
いや待て、飛行機を効果的に使えば勝機はあるのかも。
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