第66話 貴賓人質
翌日レッケブッシュ伯爵とパイロットのカルロータと航法士のロザリーニ、そしてメイドのエリカがオステンブルグに帰る事になった、空いた座席には誇らしげな顔をした双子の羊人族の娘が乗っている、
昨日のあでやかで堂々としたミルシュカを見た後では、
“自分もああなりたい”
そう思うのが当然であろう。
そのミルシュカは家族と過ごしている、周りのみんなは色々聞きたいだろうけど、久しぶりの家族の時間を大切にしてあげようと言う思いやりの気持ちだ。
そしてわたしと侍女フィロメナは高地羊人の国に居残り、公爵令嬢と言う高位の貴族が残る事で我々の誠意を見せる為だといっているけど、いつまでここにいようかな?
貴族学校の冬学級が始まるまでこちらにいたい気もする。
◇◇
「ニコレッタ様、こちら羊毛からの織物工房でございます」
「まぁ、すごいですね」
「こちら我が工房の自慢の製品でございます、最高級の羊毛から織りあげました」
工房長が差し出した布地、さわり心地がシルクみたいだよ、
「なんて素敵なさわり心地なのでしょう」
工房長は自慢げな顔をして言う、
「お気に召された様で幸いです、そちらの生地はニコレッタ様に献上致します」
しまった、また褒めてしまった、こちらの世界では相手の持ち物を褒めると、
“それをください”
と言う意味に取られてしまう、特にわたしの様に身分の高い者の場合は言葉を選ばないといけない、
返礼はどうしようかな?
「ミリヤタークの族長」
「はい、ニコレッタ様、こちらに」
「そちらの部族で若く聡明な女性がおりましたら紹介して頂けませんこと?」
「それは双子でなくてもよろしいのでしょうか?」
「はい、構いませんよ、
そうですねぇー、教え上手で面倒見の良いお姉さんとお話ししてみたいですね」
教師の候補になりそうなお姉さんを紹介して、と頼んだ。
「ところで染色はどちらで行っているのでしょうか?」
「あっ、ここは織物だけですので……」
さっきまで自慢気だった工房長が自信なさげに言う、
「ニコレッタ様、我らミリヤは織物だけでございます、染色はジョチにまかせておりますゆえ」
「そうなのですか、羊毛の織物はターク全体で行われているのですね」
「はい、我らの数少ない産業ですので」
「ところでミリヤの族長様、お金の流れはどの様になっているのですか?」
高地羊人の国タークでは貨幣経済は未発達だった、低地羊人アレマン族との交易では魔石や織物を塩や必需品と交換、お金の概念がない訳ではないが使える場所が少ないので貨幣の受け取りを拒否していた節がある、
オステンブルグから貨幣を運び込む事も考えたが、まずは教育からだね。
◇◇
それから八日間それぞれの部族のところに行き話を聞いた、正直に言うと一か所行けば充分なのだが、
人間の貴族の娘を招待した、と言う事実が必要らしい、
夜は教師候補の女性達と話し込む、族長が推薦するだけあって皆聡明だが、全員を
“お持ち帰り”する訳にもいかないので絞りこむ必要がある、
明日は最後の部族ウリリヤタークだ、わたしや人間達に否定的な族長だったけど、わたしの訪問をどんな態度で出迎えてくれるのだろうか?
◇
ウリリヤタークの部族ではいきなり模擬戦を見せられた、
大盾を並べた陣形、別の兵士は大盾を屋根の様に持ち上げて隙がない、投石にも平気であろう、まるで前の世界での警察の機動隊みたいだ、
後ろをラグビーのスクラムみたいに押し支えられているので、ちょっとやそっとの衝撃では破れないだろう、
敵役は槍やこん棒を持ち、全員上半身裸で筋肉美を披露している、
そんな彼らは大盾の列に投石、大人の握り拳くらいの石を投げつけているのでガンッガンッと物凄い音が聞こえて来るが盾の列は微動だにしない、
裸の蛮族は投石を諦め大盾に向けて突撃、木槍やこん棒が盾を叩く音が腹の底から聞こえて来る様だ、
守備側の隊長が大声で命令を発すると大盾は一瞬にして陣形を変え、疲れた蛮族を包囲する形になった。
「人間の姫様には少し刺激が強かったでしょうか?」
ウリリヤタークの族長がわたしを小馬鹿にした様な口調で聞いて来る、
「たいしたものでございますね、仲間を見捨てず最後まで自分の持ち場を離れない、誰にでも出来るものではありませんね」
「戦闘の基本は理解している様ですね」
自分の持ち場を離れるな、当たり前の事かもしれないが戦闘の最中、特に防戦の時には大変だ、こっそりと逃げたくなる衝動にかられるのは人間としての生存本能。
その後は模擬選に参加した兵士達を閲兵した、明らかに怪我をしている兵士もいるが、キッチリ整列している、
「いかがかな人間の姫様よ、これが我らウリリヤタークの力だ」
「彼の者達の強い志見せてもらいました、先の戦役にも参加されましたか?」
「もちろんだ、戦いの場こそ我らの生きざま」
「無くなった方はどの様に弔らっておられるのでしょうか?」
◇
わたしはウリリヤタークの戦死者を弔う地を訪れ、祈る事を許された、
航空自警隊の基地には殉職者の慰霊碑が建っていて、課程学生は毎朝課業前に慰霊碑に向かって一礼をしたものだ、
色々意見はあるだろうが亡くなった戦士を弔いたいと言う気持ちはウリリヤの族長に伝わったのだろう、それ以降はわたしを名前で呼んでくれるようになった。
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