第70話 深夜のお話し

 姦しいお話し会はお開きになり自室に戻ったわたしを迎えてくれたのはメイドと護衛騎士のイラーナ、

 騎士イラーナはドレヴェス家の出で係累も近い、わたしより四つ上のヘネルの先輩だったが、

“ぜひわたしの護衛騎士に”とスカウトした経緯がある、


「ニコレッタ様、お手紙が参っております」

 メイドが恭しく便箋を差し出してくれる、どれどれ差出人は?

「シーラからよ!」

 こちらの世界に来たわたしが初めて会った人がシーラ、武骨な狩人、その後は謹厳実直に護衛騎士を務めてくれたのだが、北の大地の狐人族と大恋愛の末結婚した、

 意外にも熱い恋心を持った人である。


「よろしかったですねニコレッタ様」

「うん!」

 ダメだシーラの事になると心が幼女に戻ってしまう、イラーナもそんなわたしを見てニコニコと微笑んでくれている。

「すごいよ、シーラは妊娠したんだって!どんな子が産まれるのかなぁ」

 耳が四つだったり角が生えている獣人族、だけどそれ以外は人間と同じ結婚して子供をつくる事もできるのだけど、

 産まれて来る子供はハーフではなく、人間か獣人のどちらか、異種結婚では兄弟で種族が違うなんて事が起きたりする。


 ◇


「休みます」

「かしこまりました」

 羊人の娘がわたしの夜着を“はだけ”させてくれる、

「ダフネ、お願いね」

 軽くお辞儀をするとメイドはシュルシュルと衣擦れの音を立てながら歳の割に豊満な身体を晒す、


「ニコレッタ様、向こうは準備が出来ているそうです」

 わたしは黙ってダフネの胸に顔を埋める、


 真っ白な胸からはほんのり石鹸の香りがしたのだが、いつの間にか蠱惑的な香水の香り、

 おかしなものだ、さっきまでダフネに跨っていたわたしがフェルナンダに体重をかけられている、

「あら、やっと来ましたわねニコレッタ」

 ニヤリと笑うとわたしに唇を重ねようとする、

「ちょと、フェルナンダそんな事している場合ですか、話があるのでしょ」

「もちろんですわ、今から作戦を教えてあげますわね」


 羊人娘を介したリモート会議、遠く離れた土地とリアルタイムで話が出来て便利この上ないのだが、フェルナンダは別だ、貴族学校で歪んだ性癖をわたしに試そうとする困った人。


 ◇



「……グートシュタイン公爵がアルミン侵攻作戦の全権を頂きました、すでに国王からの裁可も頂いておりますよ、ニコレッタ」

 高地羊人の国タークは周りを魔物の森と低地羊人の国に囲まれて事実上の鎖国状態、貧しい山奥で低地羊人達から搾取を受けている、

 そんな彼らの現状を打開しようと考えた作戦だが、力ずくで低地羊人の国アルミンをねじ伏せるしかない。

 わたしとしては飛行機を効果的に使って“すぐに”終わらせたいのだが、歴史を紐解けば“すぐに”終える事の出来た戦争なんて存在しない。



「…ところでコンツ男爵家は御存じですかフェルナンダ」

「まぁ、名前は知ってはいますが特に強い係累は無いですね、政治的には日和見ですし、領地も特にたいした事ないです」

「その平凡な領主の娘をわたしの義弟がエスコートしたい、と言い出しているそうなのですよ」

「ふ~ん、それで娘の名前は?」

「アンジェリカだそうです、胸が大きいから娼科ではないですよ」

「ディートハルトはアヴァンセの落ちこぼれでしょ、メンツを保つ為にあえて位階の低い相手を選んでいるのではないのですか?」

「フェルナンダ、ディートハルトが落ちこぼれだったのは最初の2年間だけですよ、今は学科も魔道も上位ですわ」


 そうなのだ家庭教師までつけた落ちこぼれの義弟は突然化けて、アヴァンセの成績の上位に、

 身体が出来て来ると身体能力も上がったし、指揮所訓練ではリーダーシップを発揮している。


 ◇◇


 フェルナンダと深夜の話し合いが終わり“接続”が切れると羊娘のダフネがわたしの汗を拭いてくれている、

 さっきまで鼻腔から脳天を刺激していた香の代わりに清潔な石鹸の匂い、

 遥かに離れた場所にいる人と身体を重ねると言う不思議な体験はいつもわたしの脳を混乱させる、


 無駄に火照った頬に爽やかな風が当たり、心地良い眠りの世界に引き込まれていくわたし。



 ◇◇



 品の良い寝顔のご主人様に風魔法でそよ風を送る羊人メイドのダフネ、

 不思議な物だ、魔法なんて人間しか使えないものだと思っていたのに、ニコレッタ様にお腹を触ってもらうと羊人のわたしにも魔力を感じる事が出来た、

 自身の魔力を感じるのが魔法の第一歩、そこから長い長い試練をくぐって、気がつけば普通の人間よりもたくさんの魔法を使えるようになっていたわたし。


 お館にやって来たメイド達にとってニコレッタ様にお呼ばれされるのが一番のご褒美、と教えられたが“ご褒美”の本当の意味がやっと理解出来た。

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