第37話 ギフトは使いよう

「それではニコレッタ、冬学級まで身体を壊さない様にしなさいね」

「はい、クレスセンティア様、長い間お世話になりました」

「貴族学校が始まったら、また遊びに来なさいね……」

 今日はわたしがレッケブッシュ領に帰る日、第一夫人のクレスセンティア様が穏やかな声で挨拶をしてくれているけど、目が全然笑っていない、

 無理も無い洗礼式で第二夫人の子が、ディートハルトを遥かにしのぐ魔力を見せたのだ。


 もっともわたしに見えない闘志と嫉妬の炎を見せているのは母親だけ、当の本人は一貫して、

“かなう訳ない”と言った態度、

 何しろわたしは飛空艇を発明して、今も飛行工房で働き、羊人戦役に参加したのだ、今更魔力量で負けたところで、何だと言うのだ、そんな気持ちが伝わって来るよ。


「寂しくなるぞニコレッタ、また戦役の話をしようではないか」

 アンドレアス、お前は何も考えていないだろう、一番幸せな人間かもしれないな。


 皆に見送られアプローチから馬車に乗り込む、父親のグートシュタイン公爵が向かいに座っている、

 馬車は再び商業街を通って行くかと思いきや方向が違う、

「父上、どちらに行かれるのですか? 道が違いますよね」

「ほう、もう王都の道を覚えたのか、たいしたものだな」

 パイロットをなめるなと言いたい、馬車は高い尖塔のある建物の前で止まった、


 前の世界とは祈る神様は全然違うけど、真っ白な外壁は敬虔な祈りの場だと分る。


「ここは教会ですね」

「その通りだ、法主様がお前と話をしたいと言ってな」

 貴族専用とおぼしき門から中に入ったが、馬車を降りてからもずいぶん歩かされた、

 三十代位の白い服を着た修道士に先導され、ひたすら大理石の廊下を歩く、壁には豪華で手の込んだレリーフが延々と続いている、

「父上、これはタミノカ神ですね」

「ほう、ニコレッタ良く見出したな、普段は座っているばかりの姿だから気がつかない者も多いぞ」


 この世界は多神教、日本の様に稲荷神社や八幡神社、弁天神社が有る様な宗教観が一番しっくりくるよ、

 ちなみにタミノカ神は商売の神様、前の世界だったら小槌を持った恵比寿様と言った位置付けだろうか、

 もちろん教会の総本山には主神とも言うべき神様が祭られているはずだが。



 大伽藍を抜け、白い柱が並ぶ回廊の先に有る、面談室。

 待っていたのはクレーメンス法主と言う、教会組織頂点の一角、

 勧められるままにクッションの良い椅子に座る、

「さて、ニコレッタ嬢、先日の洗礼式では類まれな聖属性と誰もがうらやむ魔力量を示されましたね、わたくしの様な俗物には羨ましい限りです」


「法主様、お褒め頂きありがとうございます、魔力は両親から授かった物、まずは両親と先祖に感謝をいたしました」

「若いのに謙虚でいらっっしゃる、されどもこの国では魔力が全てと言う側面もあります、もっと自慢してもよろしいですよ」

「魔力の量は自慢にはなりませんわ、その魔力で何を成したかが大切だと考えておりますゆえ」


「なるほど、それでは空を飛ぶと言う事を成したニコレッタ嬢は充分に自慢してもよろしいのですね、飛空艇は王都では話題でございますよ、教会の奥深い書庫に暮らしているわたしの耳にすら届くくらいですから」

「飛空艇は大勢の人達の協力で出来あがった物です、わたし一人では何も成し遂げられなかったでしょう、そして何より飛空艇にはわたしの魔力は一切使っておりません……」


 その後も法主と神経をすり減らすやり取りが続いた、しかし彼の真意が分からない、魔力が有るから教会にスカウトするわけでもないし、飛空艇の権利を望むでもない、真意はどこだ?



「……羊獣人戦役でのご活躍は聞き及んでおりますよ、なんでも戦利品の羊獣人の娘を大勢連れて帰ったとか」

「これはしたり、誤解が有るようですね、確かに大勢の羊人の娘はわたしの手元で保護されており、メイドとして働いてもらっております、もちろんお給金は支払っておりますよ、戦利品だと思った事は一度もございません」




 クレーメンス法主はここで一旦座りなおし、父グートシュタインに向き直る、

「まだ9歳とは思えない聡明さと、思いやりの心ですね」

「自慢の娘でございます」

「これだけの子でしたらお話ししても大丈夫でしょう、

 ギフトについて御存じですか?」

 わたしは小さく頷く、



「ニコレッタがギフトを授かったのですか?」

「左様」

 法主の説明によると、適正とは別にギフトと言う物が判明する場合が有るそうだ、

“計算を速く正確に出来る”

“一度見た物を正確に記憶する能力”

“相手の感情を見抜く力”

 等があるそうだ、


「……ギフトが出た場合の対応は様々です、本人に知らせて適正のある職業を斡旋する場合もありますが……」

「それで、わたくしのギフトは何なのですか?」

「教化の力と言うギフトです、実は弱い教化の力の持ち主はそこそこ出て来るのですが、ニコレッタ様の教化はかなり強力です」


「法主様、教化とはいったいどの様な力なのでしょうか?」

「周りの人間を感化し、能力を引き上げます」

「学校の先生にはちょうど良いですね」

「その様な考えが出て来るからニコレッタ様にはお話ししたのです、

 例えば邪な考えの持ち主が強い教化の力を持ったらどうなると思いますか?」


 会話をして、人格的に問題がありそうならば、理由を付けて教会で引き取り最高の情操教育を施すつもりだったらしい。



 考えてみればおかしな話だ、お針子さん達、自分の名前が書ける程度、簡単な計算しか出来ない娘達がレナーテ先生の授業を理解し、航空機の設計までこなせるようになった、

 フェルナンダだって、最初の頃はドレスと髪型にしか興味の無い様な娘だったのに今では飛行機に夢中、

 けど、これって自分の意思じゃないよね。


 その後もギフトについての説明を聞いたが、能力を高める事はあっても、性格まで変わる事は無いそうだ、だが一種の洗脳の様な面があるので使う側は要注意だ。


「ニコレッタ様、色々思う所があるかも知れませんが、我々教会でも聖属性も含め教化の能力は大変貴重でございます」

「かしこまりました法主様、なるべく教会に通うように致しますね」

「さすがは公爵家のご令嬢であらせられます、そうそう人は皆顔が違います様に魔力にも違いが有るのです、我々は“紋”と呼んでいたりしますが、

 後学のためにニコレッタ様の紋を頂けないでしょうか」


 わたしは特に考える事無く法主様の差し出した板に手を置いた。

「研究の一助となれば幸いです」



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 静かになった面談室を後にするクレーメンス法主、廊下をしずしずと歩いていると、後ろから声をかけられた、

「どうしたのですか、エーデルトラウト枢機卿」

「法主様に意見具申があります」

「なんでしょう?」

「あのニコレッタと言う娘、教化の力だけではございません、最上級の聖属性の持ち主でもあります、是が非でも教会に取り込むべきではないでしょうか?」


「エーデルトラウト枢機卿、そなたブルーノの法難は知っていますね」

「もちろんでございます」

「ならばよろしい」

 それだけ言うと再び歩き始める法主、


 数百年前教会が力を持ち富と人を集め、時の王朝すら教会の傀儡にした時代があった、だがその反動で不満を持つ人々から反乱を起こされ、王からも見放されたと言う教訓を生かし、政治からは距離を置くようになった教会。

「あの枢機卿まだまだですね、直接支配しなくても、わたし達が間接的に支配すれば良いのです」

 法主は懐に収めた“紋”を法衣の上から確認した。

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