第35話 王都上陸
グートルを離陸した飛空艇の群れは雁行の形で王都を目指す、
直接王都に乗り込んでも良いのだけど、無用なパニックを避けるため王都近郊の広場に降り立った、グートシュタイン家の専用の馬場だそうだ。
「さぁニコレッタ、いよいよ王都だぞ」
気楽に話しかけているわが父グートシュタイン公だけど、わたしは外の景色に夢中、王都を囲む巨大な塀、それだけでもちょっとしたビルくらいの高さがある、
貴族街まで伸びる大通りを馬車は進んで行くのだが、わたしは車窓から顔を離せない、
「ここら辺は商人達の街だな」
殆どの建物の一階が倉庫と言うか荷受場所になっていて、荷馬車から樽やら色々な荷物が出入りして活気がある街だ、
あれ?さっきの人耳が生えてなかったかな、獣人も一緒に生活しているのか、それとも奴隷の様な扱いなの、
「父上先程商人街で見かけた…… あっ!あれは、いったい何でしょうか」
獣人の事を訊こうとしたら、真っ白い壁が見えて来た、街を囲む城壁とは比べ物にならない白亜の絶壁、
「あの白い壁か、あの向こうが貴族街だ」
街は壁に囲われているが、貴族街は更に囲われている訳だ、
貴族街に入ると街の風景は一変、通りの両側には街路樹が植えられ、騒がしい商人や物売りの屋台などは一切見当たらない、生活感の無い街。
そんな囲われた街のかなり奥の部分にグートシュタイン公爵家が有った、
「お帰りなさいニコレッタ、ここはあなたのお家よ、遠慮なんかしないでね」
第一夫人から見ればわたしの存在は微妙なところだと思うのだが、クレスセンティア夫人はわたしを温かく迎えてくれた、
「おお、ニコレッタではないか、久しいな」
「これはアンドレアス殿、息災でしたか」
羊獣人戦役の時の使えない連絡官アンドレアス、グートシュタイン公爵家の嫡子だったとは。
更にわたしと同年代のディートハルトと言う男児、
すらりと伸びた手足、わたしより頭一つ大きい、顔は当然ながら貴族らしい整った顔つき、
「始めまして、ディートハルト様、ニコレッタと申します、どうかよしなに」
ニッコリと微笑み挨拶したら、真っ赤な顔になったよ、ませたガキだ。
アンドレアスとディートハルトの間には女性のはらからがいたのだが、既に嫁に出ているとの事。
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わたしの歓迎の夕食会を開いてくれたのだが、途中からアンドレアスの独壇場になってしまった、
「……そこでわたしが上空から弓を放ったのですが、羊どもは負けじと打ち返して来ます、そこで逃げる様な事は武人の恥、更に飛空艇の高度を下げての矢の応酬で……」
使えないアンドレアス架空の自慢話が止まらない“お前あの戦役で何かしたか?”
「まぁ、勇敢なのはよろしいですけど、危険な目に飛び込んではダメですよ」
「母上、わたくし貴族でございます」
「そうは言っても親としては不安なものなのですよ」
グートシュタイン公爵とわたしはしらけた気分で聞いている、多少話を盛るくらいなら許せるけど、もはや創作の部類だよ。
「そうそう、ニコレッタにディートハルトあなた達、もうすぐ貴族学校に行くのでしょ、騎士科は危ないですからダメですよ、文官科にしなさいね」
クレスセンティア夫人が突然私に話を振る、
「クレスセンティア様、お気づかいありがとうございます、わたくし不勉強でして、貴族学校の制度自体が良く分からないのですご教授願えますか」
わたしの質問に丁寧に答えてくれる第一夫人、
「わたし達公爵家でしたらアヴァンセ(上級)騎士科かアヴァンセ(上級)文官科ですわね、魔力の足りない者が文官を目指す、等と言う者もおりますが、あれはウソですからね、耳を傾けない様に……」
授業は冬学級と夏学級の二回に分かれていて、それぞれ70日程度、前の世界の学校に比べたら授業日数はすごく少ない、
その分飛行機造りに専念出来るね。
騎士科と文官科に分かれていると言っても共通の科目の方が遥かに多い、全体的な傾向では冬学級では文官寄りの授業、夏学級では騎士科寄りの授業が多いそうだ。
「とにかく授業についていかなくては駄目ですよ、演舞会の後も学校に残らないといけなくなりますからね」
「母上、それがし初年生の頃からキッチリと学級を終えた事は有りませんでした」
アンドレアスが自慢げに言う、
期末試験で規定に達していない生徒はみんなが帰った後も居残りで補習を受けるそうだ、
そんな居残りも彼にかかれば自慢話、
「ニコレッタもディートハルトも気にするな、わたしは居残りばかりだったけどちゃんと卒業で来たぞ」
“学校も面倒だから追い出したのでは?”
「アンドレアスの言葉は聞かない様に、ヘネル(一般)ならともかく、アヴァンセ(上級)の生徒が居残りだなんて、わたしの頃には有りませんでしたよ」
貴族と言ってもその階層は様々、王族とその近縁の大公家、公爵家、侯爵家、上位の伯爵家の跡取りはアヴァンセ(上級)コース、
郷のまとめ役みたいな子爵程度、もしくは上級貴族でも家を継ぐ可能性の低い者はヘネル(一般)コース、
更にヘネル(一般)コースにのみ存在するのが側使え科、侍女とか侍従になる人達が履修するそうだ。
学校の中で階層が分かれているのはどうかと思うけど、アヴァンセは自警隊の幹部自警官の様な位置づけなのだろうか?
だとしたら大変だ、幹部自警官は全てにおいて空曹空士より優れている事を求められていた。
「行けば分かると思うが、アヴァンセとヘネルともう一つあるからな」
「アンドレアス!」
たおやかな第一夫人が声を荒げた、貴族学校の暗部だろうか。
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「……陛下のお姿をあいまみえる事ができ、恐悦至極でございます」
「その様な四角四面の挨拶は不要だ、バルナバス」
バルナバスとはグートシュタイン公爵の下の名前、公爵ともなれば国王からその様に声かけされる、もちろ人払いは済ませた上でだが。
「航空公社の設立はいかがでしょうか?」
「そなたが乗って来たと言う浮かぶ魚か?」
「左様、空を泳ぐ魚でございます、王族専用の物を王都近郊に置いておきますので、いつでもお使いください」
国王の承認を得たいのなら出す物を出す必要がある、一番豪華な飛空艇を王族専用として差し出した。
「まぁ、しばらくは出かける予定は無いがな、一応受け取っておこう、
それよりバルナバスそのたの係累で困窮している者はおらぬか?」
やはりか、この国王変態だ、幼い子にしか興味を示さない、
貴族学校には行儀見習い制度と言うものがある、本来は学費に困る貴族への救済措置で王宮に行儀見習いした子は貴族学校の学費が免除と言う制度だったのだが、
この王に代わってから行儀見習いは王の性欲解消の道具になり下がった、
貴族とて人の親、10にも満たない幼子を公娼として差し出す様な事はしない、
いつの間にか行儀見習いは下級貴族の義務になり下がり“娼科”と呼ばれる階層が貴族学校に出来あがった、
「先日わたしの知っている下級貴族が娘を連れて挨拶に来ましたが」
「いくつだ?」
それまで興味のなさそうな顔をしていた国王が喰いつく、
「今度8歳になったとか……」
「よかろう、公社の事はそのまま進めてよいぞ」
“この国、未来はあるのか?”
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