第33話 航空公社
日の出前に出発し着いたのは夕方、快適な飛空艇内とはいえ、疲労がたまる、航学時代に帰省する時に、新幹線を使わず在来線だけで帰った事があったが、その時の感覚に近い。
そして身体がバキバキ音を立てそうなわたしの前には第二夫人が完璧な貴族スマイルで立っている、
わたしの母では若すぎるけど、姉と呼ぶには歳が離れすぎな微妙な年齢。
「マルヨレイン様、お初にお目にかかります、ニコレッタは静養のおかげですっかり健康を取り戻しました、
今まで皆様方には御心配をおかけしました」
目の間にいる第二夫人は目を潤ませながらわたしを見ている、
「 姉さま …… 」
死んで別の世界に転生する、ここまでは良い、だがどうして9歳の娘の姿に、以前から思っていた疑問だ、
“ああ、やっぱりわたしは死んだ赤子の身体に魂だけ乗り移ったのだろうか?”
そんなバカな、と言われるかもしれないが、転生自体が有り得ない事だから、何が起きても不思議ではない。
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第二夫人のマルヨレイン様、髪は漆黒ではなく少し青みがかっている、優しそうな緑色の瞳は常に潤んでいる様に見えて妙になめかましい、
彼女はわたしの事を本当に可愛がってくれた、姉の忘れ形見だと言う点を除いても、優しい人だと感じられたよ、
そんな優しいマルヨレインと一緒に今日は飛空艇の訓練を見に来た、
飛行工房のスタッフやレッケブッシュ領の者達がグートルの領兵達に飛空艇の操作を教えている、
飛空艇が図体は大きいけど中身はスカスカ、これは風の影響を受け易いと言う事でも有る、
前の世界でも硬式飛行船の開祖とも言うべき人は横風や突風に悩まされたと聞く。
地上の誘導員は吹き流しで風向きを読み、横風を受けない方向に飛空艇を誘導する、ゴンドラの四隅から係留ロープが落とされると、グラウンドクルーがそれを持って精密に誘導、
遠目では分かりにくいが、小柄なのが飛行工房のスタッフ達であろう、
そんな小柄な女性達の指示に従い機敏に走り回っている屈強な領兵達。
そんな作業を天幕の下で眺めているわたし達貴族一行、
「……さすがはグートシュタインの領兵ですなぁ、覚えが早い」
「いやいや、あれではまだだな、もう少し鍛え直さねば、
ところでベルナルド、公社の件はどうだ?」
わたしの父グートシュタイン公爵がレッケブッシュ伯爵を下の名前で呼んでいる、
「もちろん公社設立に関しては賛成でございます、されど昨夜素案を精査しましたが役員のどこにもニコレッタ嬢の名前が無いではないですか」
わたしが会話に入る、
「レッケブッシュ伯爵、まずは飛空艇や飛行機を航空公社と言う枠組みに入れる事が肝要かと思いますが」
「もちろんでございます、ニコレッタ様」
公爵令嬢になったわたしに丁寧な言葉使いのレッケブッシュ伯爵、
「のんびりしていると飛空艇はわたしの物だ! と言い出す方が出て来るかもしれませんよ」
そう、飛空艇や飛行機の立ち位置を決める必要がある、このままだと王宮が強引に自分達の物にして、軍隊に組み込まれかねないからね、
遠回しに王宮に注意しろと、言うわたし。
「ベルナルド、ニコレッタはまだ貴族学校にも入学していないのだぞ、それが公社の役員ではおかしいだろう」
レッケブッシュ伯爵、わたしの事を心配してくれてありがとう、けど公社の約款には
“余剰利益は発明者に還元する”
と言う一文があったのだけど、見落としたのだね、
定款の最初の方には、
“航空公社は空の平和利用促進のための団体であり……
……公社職員は軍隊、及び戦地での任務に赴く事を禁ずる“
なんて文言も書かれている、
これは王の軍隊に組み込まれない様にする為の措置、後ろの方には例外規定も潜りこませてあるよ、
空を飛びたいと言う気持ちは変わらないけど、戦いはもうこりごりだ、羊獣人戦役では戦争の現実を嫌と言うほど見せつけられたしね、
自分がいくさ場に赴くのはまだしも、お針子やメイドに戦ってこいと言えるわけがない。
自警隊パイロットは矛盾を抱えた存在だ、彼らの殆どは戦うための戦闘機にあこがれて航学の試験を受ける、何割かはファイターパイロットになっていくが、誰も戦争を望んでいない、
消防士が火事を望まないのと同じ様な心理ではないだろうか?
もちろん望んではいないがすわ有事の際には危険を顧みず戦地に赴くし、その為の訓練は怠らない、そんな人種だと思っていただきたい。
「それにしても、物凄いですわね、グートルとオステンブルグは馬車で10日はかかっていたのに、それをわずか一日で来てしまうのですから」
重くなってきた雰囲気を崩すためにマルヨレインが話しに入って来る、
レッケブッシュ伯爵領が有るオステンブルグとグートルは比較的平坦な道なのだが、それでもかなりの日数を要する。
「もっとすごい物をお見せいたしますよ、グートルで朝食を摂って、オステンブルグで昼食を、夕餉は王都のレストランで、そう言う時代が来ますから」
「まぁ、ニコレッタったら」
マルヨレインはわたしの事を夢見がちな子供だと思っているみたいだ。
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