第30話 異世界ビジネスジェット

 出来あがったのはR-400くらいの機体、分かり易く言うとビジネスジェットくらいの大きさ、

 主翼は胴体のかなり後ろの部分に中翼式、通常よりかなり後ろに有る翼は違和感だ、

 面白いのはプロペラの位置、両翼の上に位置するエンジンはプロペラが後ろ向きに付いている、

 色ものみたいな機体だが、風洞のテストの結果は良好だった、


 胴体は円形に近い形、これが一番軽くて加工もしやすい、主翼やエンジンが後ろに下がったのでキャビンは広々しているよ、


 正副のパイロットは並列で座り、荷物室は円形断面の機体下部、これは前の世界の旅客機と同じ、

 尾翼はT字型、エンジンの関係で車輪は首輪式、唯一の問題が、着陸速度。

 荷物を満載した時に着陸時の速度を上手に殺せない、


「これでは着陸距離が長くなってしまいますね」

「着陸後にエンジンを逆回転させてみれば?」

「そんな事をすれば翼の強度を増やさなければならないから、重量が増えるだけです」

「それよりも着陸速度が速過ぎる事が問題です」

「迎え角を大きくとってアプローチすれば」

「失速間違いなしですよ……」



 突然私の後ろで声がする、

「離着陸距離が長すぎるのが問題なのですね」

「ええ、そうよヴァンナ」

 メイドのヴァンナが退屈そうな声で言う、

「エンジンの風を翼の上側にも流してみたらいかがでしょうかねぇ?

 遅くても墜落しないと思うのですが…」


 これは凄い、ヴァンナは話を聞いているだけで、STOL技術に辿り着いたか。

「ヴァンナ、良い事を思いつきましたね、その技術は是非採用させてもらいます」


 STOL、読み方は“ストール”だと墜落と言う意味と混同しがちなので

“エストール”と読むのが一般的。


 短距離で離着陸が出来る技術、日本でも八十年代に飛鳥と言う名前のプロジェクトで実験が行われた事がる。

 飛鳥は四基のエンジンを主翼上面に配置し、その排気を翼上面に流す事で短距離離着陸の助けに。

 もちろん主翼のフラップ等も従来の機体では考えられない位大きく動く。



エベリナが工房街に材料を手配し、娘達が組み立てた、

サイズ的には小ぶりなビジネスジェット程度の機体、座席には6名が乗れる、もしくはそれと同等の貨物、

 主翼が後ろに下がったので、胴体がほっそりとスリムに見える。


 パイロットはテトラとシーラ、フライトエンジニアのジョフィエ、そして通信係羊人のミルシュカ、

 機体はR/Wエンドで一旦停まる、機体が“まだか”と催促している様に見える、

“飛行可”の旗を上げた途端、湖に向けて滑走を始めたのだが、



「遅いねえぇ~」

 ヴァンナがため息交じりに言う、

「最高速度が実証機の半分程度ですけからね」

「何の問題があると言うのです? 荷馬車に比べたらその速さは比べ物になりませんよ」

 フェルナンダの鼻息は逆に荒い。


 のんびりとした上昇に見えるけど、これは実証機に比べて機体が大きいからでもある、


「機体は湖の上で左旋回を始めました、すごいです身体が傾いています」

 ミルシュカの双子ミランダが興奮気味に伝えて来る、

「どう?ミランダ、乗ってみたい?」

「はい、とっても …… 今上から私達を見下ろしました、こちらに向かってきます」

 羊人の娘は地上にいながら飛行を体験している訳だね。


 最初に決めた機動を問題無くこなす、

「次は低速飛行をするそうです」

 ミランダが言う、

 最後は低速飛行、大きな迎え角をとって、ゆっくりと進んで来る、ミランダの話では機体の中では信じられないくらい後ろに傾いているそうだ。


 危なげなく着陸した機体はゆっくりとエプロンに向かって来る、まるで自慢げな表情をしているやんちゃな男の子の様に見える、

「シーラ、問題は無い?」

「ニコレッタ様、まったく問題はありません、初めて飛んだと言う気がしないほど手馴れた操縦でしたよ」

「安定していたよね」

 テトラも同意見みたいだ。


「ニコレッタ様、次はわたくし達ですね」

 フェルナンダはもう我慢出来ないみたいだ、問題無いから2回目のフライト、

今度は私とフェルナンダ、お針子の子のエリカ、カルロータ、ラモナが乗りこみ、そのまま離陸、

 今まで気球や飛空艇でさんざん空を飛んでいる私達だが、飛行機の特別感は言葉で表現出来ない、


 こちらの世界に来てから気球や飛空艇で何度も空に“浮かんだ”だが“飛んだ”のは初めてだ、これだよ、この感覚。


 旋回や低速飛行の課目をこなした後、

「フェルナンダ様、操縦席に座ってみませんか?」

 テトラが令嬢に声をかける、

「よろしくてよ」


 あくまで貴族の令嬢の矜持を守っているが、喜びを隠せないのは明らか、

 どうして私に声がかからなかったか? 背が低くてラダーペダルに足が届かないからだよ、

「…… あっ、良い感じですね、つぎは右旋回をしてみましょう」

「お上手でございます、フェルナンダ様」

「これは楽しい物ですね」

 すっかり空の世界の虜になった令嬢様だね、


 その後も何回も離着陸を繰り返し、地上にいたお針子やメイド達は全員空の旅を堪能した、

 フェルナンダは最後のフライトまでずっとパイロットシートから離れなかったよ。


 殆どの旅客機が並列複座、左側が正操縦士、右が副、

もちろんフェルナンダは右側、操縦は正操縦士がオーバーライドするから、もし失敗してもカバーできるよ、

 ちなみにヘリだと、右が正操縦士、左が副になるのが一般的だよ。

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