プロペラ機編

第29話 優れた物は美しい

 空を飛ぶ夢、割とポピュラーな夢らしい、パイロットもご多分にもれず飛ぶ夢を見る、普通の人との違いは、操縦桿やラダーペダルが有ると言う事、

 夢の中なので曖昧だけど、気がつけばエルロンを動かし身体を傾けたり、ラダーで向きを変えたり、

 今は雲の上、下を見ると雲の切れ間から蛇行する川や農地が見えて、機体は左右に心地よくロールしている……


「  … ニコレッタ様  … 朝でございますよ  … 」

「リプシェ、そんな優しい起こし方では、お嬢様は目を覚ましませんよ」

 

 心地良いロールは突然、晴天乱流に飛びこんだかの様な激しい揺れを起こす、

「イタ、イタ、 もうヴァンナ、ひどいよ~」

「おはようございます、ニコレッタ様、ただいま新人メイドに教育を施していたところでございます」


「幼い子供をいたぶる教育を施してくれてありがとう」

「私達使用人の仕事は、主人に規則正しい生活を送る手助けをする事でございます、

 いつまでも惰眠を貪る怠惰な主人を甘やかす事ではございませんよ」

「もう、ひどいよヴァンナ、新人メイドが変な事覚えたらどうするの?」

「立派なメイドに近づきますね」


 6人の羊人を捕虜と言う形で連れて来た、本当は故郷に帰してあげるのが一番なんだけど、彼女達の故郷と戦争をしたばかり、

 しかも今政権を握っているのは低地羊人のアレマン族、彼女達は高地羊人のターク族なので、捕虜の返還をしても彼女達が本当の故郷に帰れる保証はない、

 そんな厳しい現実を鑑み彼女達を私の専用メイドとして雇うことになった、


 実際に私のところに来るのは3人で、後は下働きとかをさせて、定期的にローテーションさせている、今朝新しく来たのはリプシェ、

 顔つきは幼いが、身体は肉感的、何歳だろうね?

 今はリプシェとミルシュカの二人に着替えさせてもらい、髪を梳いてもらっているのだけど、時々リプシェの柔らかい部分が当たるよ、

「ねぇ、リプシェは何歳?」

「わたし12です」


 ちょっと、私と三つ違いでこんな立派な物もっているの、三年後にリプシェみたいになっているなんて想像つかないよ、

 ふと、ヴァンナの胸元を見る、彼女は16か17だったはず、だけどもあの程度、これなら私が9歳でも有りかな?

「ニコレッタ様、今失礼な事考えていませんでしたか?」

 さすがはベテランメイド、主人の考えている事までわかるとは。


「ニコレッタ様、本日の朝食ですけど、ベーコンと卵でございます」

 羊人メイド、ミルシュカが言う、

「美味しそうだね」

「卵はいかが致しましょう?」

「う~ん、サニーサイドアップで」

「かしこまりました、伝えました」

「あと、トーストはこんがりで、バターは薄く塗ってね」

「はい、伝わっておりますが、ベリーのジャムが新しく入ったので、お勧めだそうです、いかが致しますか?」

「そちらもお願いね」


 ◇


 新鮮なミルクとベーコンを乗せたキツネ色したトースト、卵はサニーサイドアップ、頬っぺたにジャムをつけていると、羊人メイドのリプシェが優しく拭いてくれる。

 まさに至福の時と言えるけど、その一助を担っているのが羊人のメイド達、どの様な理屈かは分からないけど、双子とか姉妹はテレパシーみたいに離れていてもお互いの考えが分かったり、感覚を共有したり出来る。



 朝食の後には苦行が待っている。

「ニコレッタ様、そんな硬い動きでは淑女とは言えませんよ」

「はい! レナーテ先生」

「いつからあなたは軍人になったのですか、淑女たる者、もっと優雅に返事をなさい」

 仕方ないだろう、数年間自警隊と言う名の軍隊組織にいたのだ、キビキビした動きと大きな声で返事は身体に染み込んでいる、


 そんな軍隊あがりのわたしを本当の淑女にする為にレナーテ先生の淑女教練とも言うべき授業が毎朝の日課、

 教練の時間、先生はまるで生え抜きの曹長とか准尉みたいな雰囲気をもったベテラン行儀作法講師となってわたしを鍛え上げる、

 それにしても最近教練の内容が厳しくなってないか?



 復員してから十日程経ち日常を取り戻した、鬼の教練みたいな行儀作法の時間が終わると、やっとわたしは飛行工房に行ける。

 まず造るのはパイロット以外に数人が乗れる機体だね、今までとは比べ物にならない速度で移動が出来る、これは異世界でも商売になるよ、

 自警隊では与えられた飛行機を飛ばすだけだったが、この世界では自分で魔石やお金を集める必要がある、

 輸送機を造ってお金を稼ぐ仕組みをつくりあげないとね。



 今回は優れたエンジンが先に完成しているからね、それに合わせた機体を造れば良い。

 完成度の高いターボプロップエンジンだが、プロペラは機尾の方向にしか付けない構造になっている、

 だがこのエンジンは熱を帯びないし、燃料タンクは必要無い、設計の自由度はものすごく大きい、

 今まで誰も作った事の無い飛行機を設計してみようと、毎日みんなと話し合い、

 アイデアを図面にして、図面をもとにモックアップと言う木型を造り風洞に入れる、

 そんな地味な毎日の繰り返しだ




 机の上に置かれたモックアップを眺めていると、

「あら、ずいぶんと恰幅の良い形でございますね」

 また来たよ、フェルナンダ、

 数学地獄に埋めておこうと思った伯爵令嬢だが、いつの間にか這い出し、飛行工房に入り浸り、


「これは輸送機と言って、物を運ぶ事に特化した飛行機です、寸胴になってしまうのは仕方の無い事かと」

「ニコレッタ様、あなたこの飛行機が美しいと感じまして?」


 このお貴族様は、美しいかどうかは関係ないよ、飛ぶか飛ばないかだよ、

「フェルナンダ様、これは実用機ですので、見た目は重視していないのですよ」

“ハァ~”とため息をついたフェルナンダ、


「エンゲルブレヒト様、は素敵な殿方でしたよね?」

「否定はしませんが」

「どうしてエンゲルブレヒト様が素敵なのか、それはあのお方が優れたお方だからです、本当に優れた物は外見も美しい、これは世の理と言うものです」


「フェルナンダ様の仰る事は的を得ていると思います」

 カルロータがいきなり会話に入って来る、

“ほらね”みたいなドヤ顔をするフェルナンダ、

 意外にも他のみんなもカルロータと同意見みたいだ、


「良いですか、本当に優れた物は外見も美しいものなのです……」

 フェルナンダの機能美賛美の演説に設計チームの面々は聞き惚れていた。



 お付きのメイドを引き連れフェルナンダが部屋を出て行くと、部屋はやる気で満ちていた、

「ニコレッタ様、美しい飛行機を造ってみましょう」

「そうですよ、美しさと性能は両立出来るはずです」

「まずは胴体を伸ばして見たらいかがでしょうか?」

「そうすると離陸性能が落ちますよ」

「ですが、胴体が後ろに伸びれば、プロペラの径も大きく出来ますし……」


 設計室は熱気に包まれている、これはマスタード入りのサンドイッチが大量に必要になるパターンだ。

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