第25話 リプシェ(哀れな羊少女)

わたしはリプシェ、ミリヤの山間の村で生まれ育った娘、双子のリッツエとは産まれた時から感覚を共有している。

 言葉では上手く説明できない感覚、リッツエが手を水に浸けると、私の手も冷たく感じる、集中するとリッツエが桶に汲んだ水で自分の顔を見ているのが分かる。


 私がベリーを食べると、リッツエも口をすぼめて、私の心に声が届く

“その木の実はまだ熟してないって、言ったじゃない”

“食べてみなきゃ、分からないよ”

“先の尖ったのは酸っぱいって言ったでしょ”

 私達は話し始めるのは他の子達に比べて遅かったらしい、

だが二人のおしゃべりは、食事中だろうが、寝る前だろうがお構いなしだった。

 唯一トイレだけはお互いの感覚を切る事で同意した。


 のどかな山村だが、生活は貧しく厳しい。

 寒さと飢えで亡くなった人も知っている、

同じ村の人が魔物に喰われて亡くなったと言う話も時々話題に出た。

 だが私たち自身が苦しい目に遭うとは考えもつかなかった。


 背が伸びて、角が綺麗に巻き始めた頃、村に低地羊人アレマン人の兵隊がやって来た。

“戦争が始まるから、若い男を二十人差し出せ”

 と丸い角の羊人が居丈高に命令している。

“そんなに若者が出て行ったら、村が立ち行かなくなる”

 と村長が抗議すると。

“双子の娘がいたら勘弁してやる”


 私達は村の為に差し出された生贄だ。

 兵隊は男の人ばかり、きっと私達は酷い事をされるのだろうと思っていたが、

アレマン人は親切だった、だがこの親切はこれから屠殺場に連れて行かれる家畜に対する親切と同じだったとは。


 私達以外にも高地羊人の双子が大勢連れてこられていた、馬車に乗せられ長い長い旅をした。

 霧の谷と言う広葉樹がうっそうと茂る森に着く、この頃には私達は何をするのかはもう分かっていた。

 人間共、やつらは羊人を殺しに来た、男は殺される、女は酷い目に遭った後殺される、子供は脚の腱を切られ奴隷にされる。

 すでに大勢の羊人が連れ去られたり、殺されたりしている、人間を殺すのは私達羊人の使命なのだとアレマン人が言う。


 その頃には連れ去られてきた高地羊人達皆が愛国心に燃え、人間に対しての憎しみを燃やしていた。

“リプシェ、私死ぬかもしれないけど、ここで死んでも後悔はないの”

“なんで人間とアレマンのせいで命を落とさないといけないの?

  私達は生きて帰るの“


 私は丸い角をしたアレマン人の弓兵隊と同行する事になった。

 隊長は私よりも少し背が高い位の人で、周りの皆もそんなに大きくない、だけど身体はがっしりしているし、なによりも眼が狩人の眼をしている。

 心の中でこの人は頼りになると感じた。




 霧の谷の旧街道、人間たちの一団はそこを通ってくるらしい。

 濃い霧の中ではわずかな時間で服はびっしょり濡れる、それでも私達は、まんじりともせず街道を見ている。

 遠くからくつわの音と、人の気配、十や二十ではない大勢の人が押し寄せて来るのを肌で感じる。


「伝えろ、先頭が二段坂に差し掛かった」

 隊長が声を押し殺し、私に命令する。

リッツエからは”聞こえたよ”の返事が即座に帰って来た。


 もう私の真下からは車輪の音や、人間たちの話声まで聞こえて来る。

 隊長さんが肘で私を突く、私は隣の人を肘で突く、肘のリレーが全員に伝わったところで、

 私達は怒りの矢を無慈悲に打ち下ろす。


 ヒュンヒュンと言う弓の音が両端から聞こえて来る、真下の旧道では人間たちが戦うどころか、逃げようともせず、次から次に矢の的になっていく。

 リッツエからこれまで感じた事の無い、悦びの感情が流れ込んでくる。

“一人も逃がしちゃダメよ!”


 私達の隊長は戦いをわきまえている、そしてその部下たちも彼を信頼している優秀な弓手。

隊長が合図を出すとヒュンヒュンと言う音はぱったりと止み、、下から人間どもの苦しみ声が聞こえて来るだけ。

 弓兵隊の一団は音もなくその場を立ち去り、山犬の様に、わずかな音しか立てないで木々の間を走り抜ける。


 隠し小屋で矢を補充していると、リッツエから声が聞こえた。

“敵の真ん中辺に矢を射かけているよ、川辺の広場は狩り場よ!”

 急いで隊長に伝えると、

「我々は敵のしんがりを攻撃しに行くと伝えろ」

 と言われた。


 私達弓兵隊は不意に矢を射かけ、敵が攻め上がって来る前に撤退して、矢を補充、再び不意打ち、それを谷の両側から繰り返した。

 人間どもの逆襲隊が谷を登ってくると、両側から矢を射かける。

 何回繰り返したのだろう、いつの間にか霧が晴れていた。


“リプシェ、空に大きな魚が浮かんでいるわ”

“何をバカな”

 目の奥に気持ちを集中すると、何かが空に浮いている。

“やつら魚の中から矢をつがえている!”

“リッツエ、落ち着いて、そんな遠くから届くわけないから”


 目の前が真っ赤になった、喉に粉っぽさが絡み不快だ、足元のを踏み外したのか? 空と岩が交互に見えているから、崖を転がり落ちているのだろう。

 肩、背中、脚……

 私の身体に今まで経験した事のない痛みの嵐が押し寄せる。

「 ぅぅああぁぁぁ 」

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