第24話 谷の死闘
気球は改良に改良を重ね、今では初期型と形が全く違う形になったので、
区別する為に飛空艇と呼んでいる、
気室は球形ではなく横に長い葉巻型みたいな形、分かり易く言うと飛行船みたいな形、ゴンドラもそれに合わせて縦に長い形だよ、
船形の飛空艇は、進行方向が決まってしまうが、最初に造った球形に比べたら、移動速度と操作性は隔世の違い。
霧を晴らすために、上空に向けて風魔法と炎魔法を放った、谷を覆う霧の毛布からしたら針で刺した様なものだが、上昇気流の流れが出来た。
「やったー!風が流れています!」
「カルロータ、テトラ“飛空艇”は乗れる?」
「ゴンドラ固定完了しました! 乗れます」
「早くしろ、上昇するぞ!」
連絡官のアンドレアスは興奮して叫んでいる
グングン上昇していく飛空艇、霧は次第に無くなり谷を上から見ると、公爵の指示した円周陣地は丸には程遠い形をしていた。
「自分達の姿は上から見ないと分からないからね」
「カルロータ、高度は今のまま、右の谷の上空に移動してみて」
炎魔石で高度調整と、風魔石で移動を一人でこなす器用な少女、
上から見る景色はまったく違う、道の両側から森が迫っている様に見えるが、実際は丘。
丘陵地の斜面を利用して、羊獣人の弓兵が潜んでいるのが見えた。
「あそこだ、敵が隠れているぞ! 早く教えねば」
アンドレアスが無駄に叫んでいる、
「テトラ、地図は描けた?」
「こんな感じでいかがでしょうか?」
「いいわ、カルロータ本部の上空を通過して、パラシュートで連絡筒を落とします」
「そんな事より、早く公爵様に敵の位置を教えなければならんぞ!」
アンドレアス、有事に使えないタイプだったんだね、
「アンドレアス様、あの尾根に向けて発煙矢を打ち込めますか?」
「まずは公爵様に報告せねばなるまい、その様な独断専行は許されておらんぞニコレッタ嬢!」
これはダメだ、
「シーラ、矢を放てる?」
「はい」
さっき炎魔法を放ったはずだけど、いたって普通なシーラ、もしかして魔力が増えた?
シーラの放った矢は地面に着くと真っ赤な煙をあげた、これで待ち伏せの効果はなくなったね、
「けど、変ですよね、羊獣人達はタイミングを合わせて攻撃したり、撤退したりしているけど、誰が合図しているのでしょうか?」
エベリナがもっともな事を言う、確かにこの世界に無線機は無いはず、どうやって意思疎通を?
「ニコレッタ嬢、あんな煙の矢を放って、敵が逃げたらどうするつもりか?」
アンドレアス、ゴンドラから落とした方が良いかもしれない。
「あの方向に弓兵がいると言う事は、反対方向に敵がいると言う事だよね」
私の独り言を聞きとったカルロータは機首を反対の谷に向ける、
程なくして、尾根線を移動している敵兵を発見、シーラが赤い煙で進入方向を教える。
今までは受け身だったのだが、羊獣人達の攻撃方向が分かれば、逆に待ち受けして、敵に損害を与える。
上空から見ていても、戦いの主導権が変わったのが分かる。
今や霧は完全に晴れ、青空すら見える。
谷の上空を周回しながら、索敵し次第に旋回半径を大きくしていく。
「あっ、あの奥の盆地みたいな場所に大勢います!」
テトラとエベリナが急いで地図を描き、カルロータは公爵軍本部を目指す、
「今回は降りるわよ」
「分かりました」
公爵軍の本部上空まで行き高度を下げる、大人の身長くらいの高度から、ヒョイっとシーラが飛び降りると、私もそれに続く、シーラに抱きかかえられ公爵に現状を報告する、
こう言う報告は口頭のほうが良いからね。
◇
「ニコレッタ嬢、的確な報告痛み入る、今後も上空からの偵察を続けてくれ」
「かしこまりました」
「さぁ、シーラもう一度空に戻るわよ」
「はい、ニコレッタ様」
飛空艇に向かっていると、下の方から声が聞こえる、
「ニコレッタ嬢、助けてくれ……」
アンドレアスだ、どうやら飛空艇から飛び降りた時に脚をくじいたらしい、どこまで使えない奴なんだ。
羊獣人達もバカではない、攻撃が上手くいかないのは、上空に浮かぶ物だと言う事は分る。
矢を放って来る者もいるが、何の痛痒にもならない。
100M先まで矢を飛ばせる射手がいても、真上に向けて矢を放つと、届く高度は三分の一以下だ。
今まで羊獣人に苦戦していたのは、奇襲と待ち伏せに遭ったから、ガップリ四つで組あうと、装備の薄い側はあっという間に組み伏せられた。
公爵の率いる逆襲隊が谷間を進んで行くの確認すると、上空からシーラが伏兵の位置に発煙弾を撃ち込む。
羊獣人の待ち伏せ隊は地上からは完全に擬装されているが、真上からは無防備な背中を晒している。
尾根沿いに布陣する羊獣人達に、両脇の斜面を兵士達が登って行く、羊獣人の撃ち下ろす弓に倒れ、丸太の様に転がり落ちる兵士達、
陣地に向かって炎の帯が伸びる、さながら火炎放射機、羊獣人が火だるまになるが、炎を放った貴族に向けて矢が集まる、
横たわる死体を乗り越え、遂に先頭の兵士が尾根線に辿り着くと、羊獣人達と白兵戦、双方血まみれになりながらの戦闘。
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