戦争編

第22話 開戦準備

 ランウェイ横の整備棟、本来なら実用機の組み立てや整備で忙しいはずだったのに、今は静かな空間、

 整備員達や設計者達は本来のお針子やメイドに戻って、縫物をしている、

 初めて空を飛んだ実証機は建物の片隅に置かれて、魔石は全て外されて、さながら飛行機の残骸、

 お針子達はあえて実証機の方を見ない様にしている。


 言いたい事は沢山あるだろうに、あえてお針子に徹する彼女達を見ていると、胸に来る物がある、ここは私が笑顔を見せねば、

「どう?ジョフィエ進んでいる」

「はい、ニコレッタ様」

「何か足りない物が有るなら言ってね」

「皆さん、クッキーを置いて行きます、休憩の時に食べてくださいね、一人三枚までですよ~」

 ヴァンナは相変わらずマイペース、


 そんなヴァンナと護衛騎士のシーラを引き連れて、外に出る、

 整備棟から離れた場所ではカルロータが気球用のバーナーのチェック、

 筒先から熱い空気が流れて行くのがわかるが、はて? この筒どこかで見覚えが、

「ねぇ、カルロータその筒は?」

「ああ、これは実証機のエンジンから外しました」

「そっかー」

「今までの気球は気室が一つだけでしたけど、今度は三つに分けようと思います……」

 生き生きと新しい技術について説明するカルロータ、彼女は物さえ造っていられれば幸せなのだろう。


 だがそんな彼女を危ない場所に連れて行かねばならないとは。



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 話は十数日遡る、初飛行の祝いの宴の翌日レッケブッシュ伯爵に呼ばれて領都に行ってみたら、

「戦争が始まるから飛行機の試作は一旦中断、偵察用の気球を急いで作る様に」

「どこと戦争になるのですか?」

「羊獣人達だ」

 羊獣人、魔物の住む森の向こう側に住んでいる彼ら、数十年前までは交流があったらしいが、今は殆ど行き来が無いはず。


「どうして今更戦争を起こす必要が有るのですか?」

まぁ、それは王宮の中でだなぁ……」

 簡単に言うと今の王は代理で即位した様な物、求心力はない、弱い羊獣人達と戦争をして、実績を積んで、ついでに新領地を獲得出来れば、なお良い。

 ちなみに軍司令官は王子が執るそうだ、次王になるための布石なのだろう、


 獲得した領地は貴族達に分ければ恩を売れるし、羊獣人達を奴隷として連れて帰れば金になる、

 前の世界では戦争は経済的にはまったく見合わないものだったのだが、こちらの世界ではまだ利益が出せる物なのだろうか。


 今回の遠征作戦ではレッケブッシュ伯爵や国の東側オステンブルグの領主の殆どが補給部隊として、遠征軍をサポートする役目、

 もちろん補給は軍隊の生命線、大切な役割なのだが戦功を挙げ評価される事が無い仕事、

 エンゲルブレヒトを囲んでいる様な連中に美味しい思いなんてさせない、そんな王様の気持ちが伝わってくるよ。



「そこでだ、ニコレッタ嬢の気球部隊は偵察として参加して欲しいのだ」

 レッケブッシュ伯爵が私に言う、

「なるほど、それで私は誰の編成の元に入るのですか?」

 幼い子娘から編成と言う言葉が出て来て、構える伯爵、

「ニコレッタ嬢、そなたが行く必要はないぞ」

「いえ、気球とその運用者は私が手塩にかけて育てた物、それとも私では頼りになりませんか?」

 不本意な形の戦争、身体は幼女になってしまったが心は自警官、

“事に当たっては危険をかえりみず……”

 俺が前に出ようではないか。


「いや、グートシュタイン公爵と言うお方が我が領から侵攻する予定だ、彼の編成下に入ってくれ」


 公爵と言う事は王族の係累、複雑な立場だろう、


 机の上に広げられた地図を覗き込む、

 一番似ているのは前の世界の西ヨーロッパであろうか、王国の中心部はフランス辺り、東部のオステンブルグはベルギーやルクセンブルグであろうか、その東には曖昧な国境線が引かれている、

「王国の東側 …… ずいぶん広いですね」

「羊人と言っても、我々程統一されている訳ではないしな」

「しょっちゅう内戦をしている様な連中です」

「ですが、攻められると内戦も忘れて団結して戦うと聞きます」

 秘書エベリナの発言。


 その後も伯爵と話を詰めた、羊人の国とは魔物の森が横たわっているけど、その森の一番薄い部分の数か所のルートから侵攻して行くが、グートシュタイン公は助攻、私はその公爵軍の編成の下に入る、



 ◇◇



 根雪がなくなり種まきが終わった頃、公爵の率いる遠征軍がレッケブッシュ伯爵領にやって来た、

 公爵は意外に若い、自警隊だったら中堅幹部くらいの年齢だよ。


「それがしニコレッタと申す弱輩者ですが、この度グートシュタイン公爵軍の末席に名を連ねる栄誉を与えて頂いた事、恐悦至極に存じます」

「弱輩と申したが本当の子供だとはな」

 公爵と呼ばれる男性、私の姿を見て一瞬だけど固まったよ、

 そりゃそうだ、これからいくさ場に行くのに、幼い娘が名乗りを上げたのだからね。


「だが、気にする事はない、そなたの発明した気球とやらは見せてもらった、力を示せるのなら歳など関係ないぞ、そなたの部隊は我が軍司令部直属とする、私の指揮所のすぐ後ろに位置する様に」



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 編成と編制、どちらも発音は“へんせい”だが意味はかなり違う、自警隊では“へんなり”、“へんたて”と呼んで区別していた、


 部隊の指揮レベルによって意味は違ってくるけど“へんなり”は一時的に揮下に入るだけ、もちろん上級部隊からの命令には従わなければならないが、人事権とかまでの権限はない、

“へんたて”はもっと恒久的で縛りがきつい。


 グートシュタイン公爵軍の“編成”下に入った私の気球部隊は、行軍の真っ最中、

 農村地帯を進む軍隊の列、先頭は遥か前にいるだろうし、最後尾はまだ駐屯地を出てもいないかもしれない、そう思えるくらい長大な大河だ、

 私はシーラの操る馬に乗せられて、馬上から行軍を見下ろしている、

 すぐ後ろには荷馬車に積まれた気球と、その操作員のお針子やメイド達、そして直衛のレッケブッシュ伯爵の1個小隊。


「ニコレッタ嬢、お身体は辛くないですか? いつでも言ってくださいね」

「これはお気づかい有難うございます、アンドレアス様」

 アンドレアスと言う若い貴族が私の連絡員として派遣された、

 気球からの連絡と報告が主な任務と言う事で露骨に嫌な顔をしていた、派手に戦い戦功をあげたいのだろうね、

 戦争にそんなロマンはないよ。

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