第11話 空飛ぶ帆掛け舟

 結局食事会の賭けはエンゲルブレヒト預かりと言う落とし所になった、

“どうせ小娘の戯言だから、エンゲルブレヒトに貸しをつくる良い機会”だと思ったのかもしれない。


 いきなり飛行機は無理だからまずは気球だね、それもデモンストレーション用の小さな気球でアピールしよう、わたしはシーラに裁縫を頼んだ、



 ◇



「イタッ!」

「大丈夫、代わろうか?」

「ニコレッタ様、その様な事を仰らないでください、主人を働かせたら私の立場はどうなりますか?

 むしろ叱ってください」


 完璧かと思えたシーラの死角は裁縫だった、意外に細かい仕事が苦手なタイプらしい、

「もう、さっきから糸と布の無駄遣いをして、ちょっと貸しなさい」

 突然メイドのヴァンナがやって来て、シーラから布を取り上げる、

「ヴァンナは裁縫が出来るの?」

「騎士は主人を守り、メイドは家事を片す、それだけです」

 ヴァンナの縫い針は羽根でも生えているかの様に軽快に進んで行く、まるで人間ミシンだ、

「あるがとうね、ヴァンナ」

「  …… フンッ  ……  裁縫に集中できません、黙っていてください」


 このメイドさん、優しい人なんだね。



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「エンゲルブレヒト様、今宜しいでしょうか?」

「どうしたニコレッタ」

「お見せしたい物があります、只今よろしいでしょうか?」

 黙って首肯するエンゲルブレヒト、


 私が合図すると、シーラが入室、左手には何か球の様な物を持っている。


 護衛騎士のライトブルーの頭よりも、大きい球形の物体がプカプカ宙に浮いている、球の一番下にはチロチロと炎の舌が見える、

 従者ハーゲンに差し出す、

「しっかり握ってください、手放すと天井まで飛んで行きますゆえ」


「弱いですが、上に登ろうとする力が感じらます」

「これは魔法か?」

「はい、炎魔法の希晶石を使っております」

「確かに、余興としては面白いかもしれないな」

 意外にエンゲルブレヒトは意外に冷めた口調だったので、つい反論してしまった。


「これは余興などでは有りませんよ、今は手で抱えられる位小さいですが、納屋位大きな物を造り、外に持って行けば、人間が空に浮く事が出来ます」

「何が必要か?」

「はぁ?」

「納屋位大きな物を造るには何が必要か? と聞いておる」



 ◇◇



 若君エンゲルブレヒトは伯爵に早馬を送り、数日後には、大量の生地と三人のお針子がやって来た、

 夏の館の玄関ホール、伯爵家の財力を示さんがために、大理石で幾何学的な模様を表し、訪れる人を感嘆させる。

 天井から釣り下げられたシャンデリアが映るくらいに、大理石は毎日ピカピカに磨かれている。

 農家一軒が余裕で入りそうな静謐な大ホールだが、今日はお針子達が腰を落として縫い物、

 わたしは階段の上から彼女達を見下ろしている、


 オレンジ色の髪の子が、畳まれた生地をホールに軽く投げる、そのまま落ちるかと思いきや生地はキレイに広がっていく、所々シワになるがオレンジの髪の子が左手を伸ばすとキレイに伸ばされて行く、

「ねぇ、シーラあの子風魔法を使っているの?」

「おそらくは、わたしも始めて見たので」


 メイドのヴァンナが口を挟む、

「あの程度の魔法、お針子でしたら自然と覚えるものですよ」

「そうなの、ヴァンナ?」

「平民の魔法は貴族様に比べたら力は弱いですけど、細かい作業に秀でた者が多いです、特に風魔法は実用性が高いですね」


 黄色のヘアピンのメイドは自慢げに言うけど、なぜか微笑ましい。



 ◇



「皆さん進み具合はどう?」

「お嬢様……」

 オレンジの髪を三つ編みにした娘は慌てて下を向く。

 階段を降りて来たわたし、そんなに怖い顔していた?


「お嬢様、私達下々の者は貴族様のお声掛けに慣れておりません、彼の者はカルロータと申す者でございます」

 二十代半ばくらいの仕事の出来そうなお姉さんが三つ編み娘の代わりに答える、

「そうなんですか、驚かしてごめんなさいねカルロータ」

 うつむいたまま小さく頭を下げるカルロータ、



 私の後ろで騎士然としているシーラが主人に助言をする、

「ニコレッタ様、平民が貴族と話をするなど有り得ません、このメイドが普通ではないのです」

「あんたも言うわね」

 そう言いながら、あさっての方向を見るヴァンナ、


「わたしの護衛騎士がこの様に言っておりますが、そうなのですか? えっと……」

「お嬢様、わたくしロウルデスと申します、

 わたくし達は卑しいお針子です、貴族様のお耳汚しになる様な事は控えております、その代わり一生懸命働きます、この布も徹夜をしてでも縫いあげましょう」


「ロウルデスさん、お願いがあるの、徹夜は絶対にしてはいけません、日が沈む時間には切り上げてください、これは命令ですよ、

 夜ぐっすり眠らないと良い仕事は出来ませんよ、それから食事ですけど……」



 どうもお針子の、と言うか平民の人権はかなり低い、徹夜をして仕事をするのが当たり前、みたいな風潮すら感じられたので、わたしは食事・睡眠・休養を取る事を彼女達に命じた。


 そうそう、二十代のロウルデス、なんとバツイチだった、結婚前は商館で経理事務の仕事をしていたそうだ、前の世界ならば商社で働くバリキャリだね、

 そんな経歴の持ち主だから貴族に対応する力も持ち合わせている、キャリアも積んで計算も得意、対人スキルも磨かれているのにお針子とは、バツイチに厳しい世界だね。

 そうそうもう一人のお針子さんはテトラと言う13歳、素朴な顔つきだけどおっぱいが大きなお姉さん。

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