第10話 名前を変えましょう
王国の東側はオステンブルグと呼ばれる地域で幾つかの領主達に分かれて統治されているけど、彼らを束ねる重鎮がレッケンブッシュ伯爵、
そんな彼が宴を開くとなれば、近隣の貴族達もこぞって集まり情報交換と人脈作りに勤しむ、
そして今夜は何と言っても若君にアピールするチャンス、
女性のフォーマルは露出が増えると言う常識はこちらの世界でも同じ、
肩や胸元を惜しげもなく晒し、繁殖能力の高さをアピールした若い娘達が肉食動物の様に待ちかまえているそうだ。
“けど、エンゲルブレヒトにお近づき、これって現王に不満ありって言う意味にとられるのでは?”
夏の館を出たのは昼過ぎだったけど、レッケブッシュ伯爵の本館に着く頃には太陽が沈む直前、
「こんなにのんびりで良いのですか?」
「位階の低い者から順番に館に着くのが礼儀だからな、私は最後だ」
「そうですか」
「そうそう、そなたの名前、ニコラでは平民っぽい、今夜からニコレッタだ」
アプローチからエントランスまで大理石を惜しげもなく使って、豪華なホテル顔負けだ、
「ようこそ、エンゲルブレヒト殿」
若君と親しそうに挨拶している貴族がレッケブッシュ伯爵なんだね、50位かな?
髭を生やし、いかにも貴族、そんな感じの人だよ、
そんな典型貴族は目ざとくわたしを見つける、
「おや、こちらのお嬢様は?」
間者からの報告でとっくに知っているだろうに、わざとらしく初対面を装う、こんな腹芸を自然に出来るところが貴族なんだろうね、
「うむ、さる高位貴族の娘を預かる事になってな、名はニコレッタと申す」
「レッケブッシュ様、先触れも無い突然のご訪問をお許しください、わたくしニコレッタと申す者」
貴族のお辞儀でその場を乗りきった。
「それでは若君、宴の間にご案内いたしますぞ」
これがレッケブッシュ伯爵か、上手く取り入って飛行機を造る様に仕向けたいけど、正体不明の幼女が何を言っても聞いてくれないだろうね、
今回は周りの貴族の力関係とかを見るだけの様子見に徹しよう。
供される料理はこの世界に来てから最高なのは間違いないけど、それを美味しいと感じるかどうかは別問題、
席順が問題だ、レッケブッシュ伯爵の隣に幼女の俺、
その隣がエンゲルブレヒト、そしてその横に伯爵の娘フェルナンダ、
洗練された美人と言う言葉がピッタリな女性、美人過ぎて現実感が湧いてこないよ、
あえて欠点を上げればやや冷たい感じがするかもしれないけど、貴族の令嬢らしいとも言える、
淡いブラウン色の髪を上品にまとめ、真っ白なうなじを晒している、髪飾りは真っ赤だから炎属性かな?
◇
「ニコレッタ嬢、肉が切りにくいのではありませんか? シェフに言って切り分けさせましょうか」
「伯爵様、お気づかいありがとうございます、この様な柔らかいに肉は始めてですわ、あまりの美味しさにナイフが止まっていただけですので」
「それは良かった、肉が絶品なのは当然ですけど、ソースに秘密がありましてな……」
わたしは伯爵と毒にも薬にもならない会話をしているけど、反対側ではフェルナンダがエンゲルブレヒトに猛アタック、
16歳の娘は鉄壁の様な要塞に何度も攻撃をしているのが、突撃の鬨の声がこちらにまで聞こえてくる。
周りのみんなは会話を愉しむふりをしながら、攻防を見守っている。
エンゲルブレヒト
私に盛んに秋波を送る娘フェルナンダ“やれやれ”と思っていたが、次第に彼女が本気で攻めている訳ではない事に気がついた、
私にアタックをかける演技をしているだけだ、周りの下級貴族に見せつけて反応を見ているのだろう、
オステンブルグの様な田舎でも駆け引きは健在な訳だ、ならば私も彼女の演技に合わせよう。
◇
伯爵は周りの貴族とワインの出来の話をしていたが、突然わたしに話しかけて来た、
「どうですかな、我が娘フェルナンダは?」
「大変立派な淑女でございますね、範としたいお方です」
伯爵は酒が進んで来たのだろうか、声が大きい、
「そうでしょう、そうでしょう、我が娘は最高の淑女なのは間違いないです、将来はエンゲルブレヒト殿を支えて行くにふさわしい娘だと自負しております、
してニコレッタ嬢、そなたはエンゲルブレヒト殿に何をして差し上げられるのかな?」
「エンゲルブレヒト殿を空に浮かべ、鳥の目を差し上げる事が出来ます」
「いやいや、幼い娘さんだけの事はある、夢がお有りですね」
「人が空に浮かぶとは……」
「やはり子供の思い付きですね……」
今まで様子見していた他の貴族達も会話に入って来た、
「これはしたり、絵空事を申しているのではありませんよ、
伯爵殿、この広間を敷き詰める程の生地を頂けたら皆さんも空にお連れ出来ますわよ」
ここに来てエンゲルブレヒトも異常事態に気が付いた、
「よさんかニコレッタ」
「いいえ、エンゲルブレヒト様、わたくし本気でございます、もし皆さんを空にお連れ出来なかったらこの首を差し出しましょう」
小さい手を首筋に当てる、
「ニコレッタ嬢、滅多な事を申されるな、貴族の席での言葉は取り消しが効きませんぞ」
「左様、今なら子供の戯言で済まされますぞ」
「大人の付き合いを存じていない模様……」
周りの貴族達からも非難の声が上がるが、俺は取り消しの意思の無い事を強調する、
「良いでしょう、ニコレッタ嬢の言葉は確かに受け取りました、されどそなたが首を差し出すのにそれがしが何も出さないのは道理に反します、何かお望みはありますかな?」
「そうですね、私の言う事を何でも聞いて頂く、と言う事でいかがでしょうか?」
「良いでしょう、本日お集まり頂いた紳士淑女の皆さまが証人です」
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