浮遊編

第8話 メイドさんはカーテンを開ける


「お嬢様、朝でございますよ」

 乱暴に身体を揺すられる、

「  イタ… 痛いよ~ もっと優しく起こしてよ、ヴァンナ~」

「お嬢様、わたくしはカーテンを開けました、その時点で目を覚ましてくださいまし」


 “夏の館”と言う場所に連れて来られ、最初の晩こそはシーラと同じ部屋だったが、それ以降は広めの部屋の豪華なベッドに一人で寝ている、

 窓の外を見ると旅行会社のポスターに使えそうなくらい青い湖


 ヴァンナと言うソバカス顔のメイドが俺の身の回りの世話をしてくれている、濃いベージュの髪に黄色のヘアバンドがトレードマーク、

前の世界のメイド喫茶みたいなメイドは嘘だと分かっていたけど、本物のメイドは何と言うか、容赦がないのだ、

 小さい子だから優しくしてあげよう、そんな心使いは微塵も感じさせない、

 フカフカで豪華なベッドよりも山奥の敷き藁と毛皮の寝床が懐かしいよ。


 着替えさせてくれた後は髪の毛を整えてくれる、全てメイド任せなので楽なんだけど、女性は大変なんだね、

「御髪を整えました、朝食をお持ちいたしますので、手短にかつ優雅にお召し上がりください」




ヴァンナ


 領都のお館に御奉公に上がった私だけど、夏の館と言う別荘に配置換え、名前の通り貴族様の避暑地だけど、これから冬になる時期に避暑地に行けとは、厄介払いだろう、

“う~ん、メイド長の機嫌を損ねたからかなぁ~”


 そんな私は貴族の娘の専属メイドに任命された、

 今までイモの皮むきやリネンの洗濯しかさせて貰えなかった私に、専属メイドとは、どんな嫌がらせだ?

 ニコラと言う娘、流れる様な黒髪と整ったお顔、貴族それも上級貴族なのは間違いないけど、なぜか近所のクソガキみたいに見える瞬間がある、

 そんなクソガキには厳しい躾、文句を言いながらも適応している、見どころのあるガキだ、明日からはもう少し厳しめにしてみよう。



 ◇◇



 お館に着いてからは教育の日々、レナーテ先生と言う航学時代の教官も青ざめる程厳しい先生、いつも緑色の襟の高い服を着ているよ、

 朝一番は行儀作法の時間、教練と割り切って臨んでいる、

 自分で望んだ事とはいえ、個人授業はさぼる暇がなくて大変だ。

「おはようございます、レナーテ先生」


 近づいて来たかと思うと、予備動作無く、俺の拳を鞭で叩く。

「いた~い… なんで叩くのですか?」

 手を握っていては駄目ですよ、握り拳を見せていては、相手を不愉快にさせます。

「返事は?」

「…はい…」

 自警隊時代手はグーが基本だった、この癖はなかなか抜ける物ではない、

 ちなみに警察や消防も教練が有るのだけど、手は握らないのが普通だよ、

 姿勢よく立ち、歩き、方向を換え、膝を曲げる貴族のお辞儀、身体に沁み込むまで毎日繰り返す。



 そんな地味な練習の後は座学、この国の地学、歴史、政治、そして魔法。

「……魔法は基本三つの属性ですけどね、水が青、炎が赤色、風が黄色、属性は色と密接な関係がありますので併せて覚えましょう」

「あのー、自分の属性はどうやって調べるのですか?」


「平民は10歳の誕生節に教会に行って調べてもらいます、貴族は貴族学校入学準備の時にお披露目を兼ねてが普通ですね。

 洗礼式と言うんですがね、水晶に手をかざせば属性は分かりますよ、これは貴族も平民も同じです」

「平民も皆魔法が使えるのですか?」

「それは様々です、魔法が顕現するだけの魔力を持って無い場合も有りますし、魔力が有っても使い方が分からない場合も有ります、ですが属性は持っておりますよ……」


 魔法の素質が有りそうで裕福な家の子は魔法学校に入れられ、魔法の使い方を学び、良い収入の職業に就く、そしてその子供も魔法学校に……

 こうして社会の格差は出来て行くんだね。


 貴族は貴族学校に入校して、一般人とは比べ物にならない高度な魔法を学ぶそうだ、

 他にも我流で覚えたり、親から手ほどきを受けている子もいるらしい、魔法は思っていた以上に身近な存在だった。



 ヴァンナの黄色のヘアピバンドが頭に浮かぶ、

「もしかして、メイドのヴァンナは風の属性ですか?」

「理解が速くて結構、全てとは言いませんが、自分の属性の色を身に着けるのが普通ですよ、さて二コラ様、わたくしの属性が何なのか分かりますか?」


 レナーテ先生を上から下まで見渡すが、赤も青も黄色も身に着けていない、

「う~ん、何もそれらしい色は無いですね」

「私は緑色ですよ」

「緑と言うと?」

「黄色の風と、青色の水が混ざっていたのですよ」

「その三色以外の組み合わせは無いのですか?」

「聖属性と言う白色がありますけど、まぁ滅多に出る物ではないですから」


「属性は色で分かるとして、魔力の強さは?」

「それは光りの強さです、平民等は目をこらさないと見えない位ですけど、貴族ですと水晶がキラキラ輝きますからね、この様に魔法には属性に分れますが、属性が無ければ使えないと言う訳ではないのです」

「つまり、属性とは、得意教科みたいな物と考えれば良い訳ですね」

「そうです、二コラ様、簡潔な説明ですね。

 私は風と水の属性ですけど、こうして炎も出せます」

 家庭教師は人差し指を立てると、指先にはライターの炎みたいなオレンジ色がチロチロと揺れている。


「そうそう、洗礼式の時にギフトが分かる場合もありますよ」

「ギフトとは?」

「その人特有の力ですよ、みんなを惹きつける魅力だったり、計算がすごく速かったり、

 まぁ、持って生まれた才能ですよ……」

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