第6話 魔物森を後にして

 数日後シーラと二人でエンゲルブレヒトの元に行く事になり、今は迎えの馬車に乗っている、

 緩やかな傾斜の丘陵地帯を独特な曲線を描きながら伸びる街道、

 行商の荷馬車や乗合馬車とは明らかに違う大きな車輪の豪華な馬車、二人の少女と一人の付き人を乗せて、蹄の音を響かせる。

 あえて前の世界に似ている場所を探すとしたら、北海道の富良野のあたりだろうか?

 ラベンダー畑の代わりに、名前の知らない作物が育っている、

 今まで二人の世界だったけど、こうやって外に出て見ると、改めて自分が異世界に来たのだと実感できるよ。


 馬車の向には従者のハーゲン、彼は自分から話をする事は無いけど、こちらの質問には的確に答えてくれるよ。

「……それでは領主と言うか貴族は、年に二回魔石を配るのですね」

「そうだ、空になった魔石に魔力を込めるのは統治者の勤めであるぞ」

「けど、平民でも魔法を使える人はいますよね?」

「魔力の絶対量が違うし、魔石に魔力を込めると言うのは口で言うほど簡単ではない、

 貴族学校と言う場所で専門の教育を受ける必要がある」


 やっぱり学校は有るんだ、

「貴族学校は何歳から始まるのですか」

「10歳からだ、貴族はそれまでに洗礼式とお披露目を済ませて……」

 貴族学校の説明が一段落した、



「ゴメンねシーラ、巻きこんじゃって」

「良いのよ、どうせあのままだといつかはインゴルフに手篭にされるだろうし、女一人で生きて行くのは無理だったのよ」

 爺さんが死んで突然天涯孤独の身になったわたし、いつかは麓の村に降りて生活をしなければならない、と頭で分っていたが、

 こんな所は私の居場所じゃない、そんな気持ちが常に心の奥底に蠢いて、決断を遅らせていた、

 そんな悶々としていた私の前に現れたニコラ、この子と一緒にいる間はそんな悩みを忘れさせてくれる不思議な子、

 ハーゲンと話している横顔をチラチラ見ているけど、知的な貴族みたいな顔、歳相応の幼い娘の時もあるし、まるで大人の男みたいに見える時もある、

 いったい何者だろう………


「あれ何!」

 そんなニコラが大声で叫ぶ、

「ドワーフの塔でしょ」

 この子何を言っているのだろう?



「ニコラよ、そなたドワーフの塔を始めて見たのか?」

 ハーゲンが半ば驚き、半ば呆れながら訊いて来る、

 興奮しすぎて言葉が出て来ない、ひたすら首を縦に振るだけ、

「誰が住んでいるの!」


 ハーゲンの説明によると太古の昔より建っているのに未だに朽ち果てない謎の素材で出来ているそうだ、


 忘れた頃に構造材が落下して来たりするので、あまり近寄りたがらない場所でもあるそうだ。

 これって古代文明?

 獣人に魔法、更には謎の古代文明まで、異世界に転生した事は間違いない。


 ◇


 馬車は小さな農村で小休止、やはりと言うか、農家はヨーロッパ的な雰囲気、

馬車から降りて所在無さげにしていると、恰幅の良い、いかにも農村のおばさん、と言った感じの人が果物をくれた、

「可愛い子だね、ほらペスコの実だよ」

「ありがとう」


 もらったは良いが、どうやって食べるのだ?

そのまま食べるには明らかに硬すぎる皮、昔の身体だったら力技で何とかなったかもしれないが、非力な幼女ではどうしようもない、

「ペスコの実か、貸してみろ」

 従者のハーゲンがやって来ると、ナイフで器用に皮を剥いて渡してくれた、

「ありがとう、ハーゲンさん」


 俺は果物にしゃぶりつく、水気が多いが甘くて皮の厚いブドウと言ったところだろうか、

「美味しかったか?」

 ハンカチを差し出してくれているハーゲン、

「はい、とっても」

 指先と口の周りをキレイに拭う、


「そなたは若の客人だ、俺の事は呼び捨てで構わないぞ」

「けど、歳上ですよね」

「歳上が偉いとは限らないぞ」

 なんか含みのある言い方だね、


「若の父君は本来なら王になるはずのお方だったのだ、それが客死してな……」

 エンゲルブレヒトの父親は国王だったのだけど、急死して、弟が急遽即位、

 その弟が現国王、次の王も弟王の子供が即位する様に宮廷貴族に根回しをしている状態で、エンゲルブレヒトは微妙な立場、

 陰謀渦巻く王都から半ば追放の形で国の東の端の領地に身を寄せている状態、


 ところが現王に不満を持つ領主たちがエンゲルブレヒトをまつり挙げようと寄って来ている、

「……正直に言うと、お家争いに巻き込まないで欲しいのだ、それだけならまだしも若の魔力が欲しいだけの者もおるし」

「やはり王族は魔力が多いのですか?」

「高位な貴族に成るほど魔力は増えるぞ、それだけ大勢の民を養える訳だ」

「民が増えれば税金も増えますね」

「そうだが、貴族には領地・領民を守る義務も有るぞ」


 ◇


 若とは貴族学校の時からの付き合いだ、当時は“王子”と呼ばれていた若の取り巻きに入る事が出来た時には、これで勝ち馬に乗れると、人生の勝利を確信した、

 だが人生は定期預金ではなく、先の見えないギャンブル、若の父君が亡くなられ、弟君が即位した時には大勢いた取り巻きは消え去っていた、

 私は馬を乗り換えるタイミングが遅かった、今更鞍替えは出来ない。


 王国の東の地オステンブルグに島流しの様な状態の若君だが、幼い娘を手元に置きたいと言い出した時には失望した、

 現王は幼い娘や少年を愛でる変態だそうだが、若にもその血が流れていたとは。


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