第5話 雨中の訪問者

 シーラが狩りに出かけた後はする事がない、幼い身体に体力をつける為に自警隊体操をするけど、5分で終わってしまう、

 もっとも幼女の身体で5分間真剣に運動すると結構な運動量だよ、

 その後はこちらの世界の字と計算の練習、最初の頃は家の前の地面に木の棒で書いていたけど、ある日シーラが大量の紙とペンを持って来てくれた、


今は流体力学や航空工学の定理や公式、気象に関する知識を書き記している、

 幼女の身体になってから、ともすれば精神年齢も下がってきてしまっている、航学時代や飛行準備過程で学んだ事を少しでも書き残しておきたいと言う心理なのだろうか。



 ◇



「ただいまぁ~ 降られちゃった」

 濡れネズミになったシーラが帰って来た、

「お帰りーシーラ、部屋温めるね」

「ニコラ、今日も計算やっていたの? すごいね私全然わからないよ」

 こんな何気ないやり取りが出来るのもスローライフだねぇ、




 いつまでも続くかと思っていたスローライフは冷たい雨の日の午後破られた、

「狩りの途中雨に降られてな、しばらく軒を借りるぞ」

 そう言って家に入って来た二人の男性、

「ちょっと、いきなり……」

 抗議をしようとしたシーラだが、二人の服装を見て尻つぼみ、こちらの世界に来てまだこの家の周りしか知らないけど、この二人が高貴な身分だと言う事は理解できるよ、

 服からして違う、シーラは自分のスタイルなんて無視してボロボロの服をつぎはぎしているから全体にダボッとした感じ、


 闖入者は身体にピッタリあった皮のジャンパー、なによりも雰囲気が洗練されている、

後ろに付き人らしき者を従えているし、これが貴族かな?



「シーラ、取りあえずお迎えしましょう、お湯を沸かして」

 石田三成の故事にちなんで、最初は大きなカップに温めの白湯を、

 二人はよほど寒かったのだろう、高貴な身分にも関わらず、ゴクゴクと飲み干す、

 次は中くらいのカップにさっきより熱めのお茶、気持ちに余裕が出て来たのか、品よく飲みほした、

 最後は小さなカップに熱いお茶、二人は狩人から貴族の顔になって、嗜む様に品よく口にしている、


「冷えた身体を慮る気遣い見事な茶であったぞ」

 主人とおぼしき紫色のスカーフの貴族が褒める、

「お褒め頂き光栄でございます」

「そなた名前をなんと申す」

「鄙の者ゆえ、高貴なお方の前で名をかたる事ははばかられます」


「若がこの様に申して居る、名を言わんか!」

 従者らしき者が威張る様に言う、幼女の身体になると、大人の男性は大きくて怖いね、

「よさんか、ハーゲン」


 乱れかかった空気を整えるまで間を置いた後、主人とおぼしき者が口を開く、

「先程は声を荒げてすまなかった、まずは私から名乗らねばな、我はエンゲルブレヒトと申す者、現在故有ってレッケブッシュ爵の元に身を寄せている者だ」

 向こうが名乗ったのだからこちらも名乗らないとね、

「わたくしニコラと申します」


 幼女になった俺の身体を値踏みする様にジロジロと見回すエンゲルブレヒト、

「ニコラとやら、そなた何歳だ?」

「まだ十にも満たない弱輩者でございます、エンゲルブレヒト様」

「そうか」

 エンゲルブレヒトはテーブルの上に置かれた数式が書かれた紙に気が付く。




「ニコラとやら、これはそなたが書いたのだな?」

 さっきからシーラは無視だね、歳上なのに、

「左様でございます」

「うむ、これはなかなか興味深い」

「子供の遊びでございます」


「この小さい横棒はどう言う意味だ?」

「これは引き算を表す記号です、簡単で分り易いかと」

「この二本線は?」

「計算の答えです、本来は左右の値が同じと言う意味ですが」

「そうか」


 そう言うと、俺の書いた数式を真剣に見るエンゲルブレヒト、

「と言う事はこの十字は足し算か?」

「それは掛け算を表す記号です」

「足し算はこちらになります」

「似ているな、分かりにくいぞ」


 その後もエンゲルブレヒトの質問は続いた、

 聞いた話では、こちらの世界に計算の為の記号はなく、文章で書き記すのが普通だそうだ、

 日本でも和算とかあったし、そんな感じかな?



 エンゲルブレヒトが突然俺に向かって言った、

「ニコラとやら、私の元に参れ」

「えっ? 嫌ですよそんなの」

「貴様!若に向かって何と言う口の聞き方、このお方は……」

「よさんか、ハーゲン」

「失礼いたしました」

 若に頭を下げる従者ハーゲン、


「ニコラよ、改めて問おう、なぜ私の元に来るのを拒む?」

「私は今の生活が気に入っております、なぜそれを変えねばならぬのですか?

 あなたの元に行って私に何か良い事が有りますか」

「私の元に来ればそなたの望みをかなえてやるぞ」


「あなた様の元に行くにはいくつか条件があります」

「この私に条件を付けるとはな、よかろう申してみよ」

「まずは、このシーラと一緒にいる事、シーラが行かぬ、と言うのなら私も行きません」

 エンゲルブレヒトは狩人の少女を一瞥する、

「よかろう、次は?」

「はい……  」



 やはり俺には空に向かうしかないのだろう、とは言え鍋一つ満足に持てない幼女の身体で何が出来ると言うのだ?

このエンゲルブレヒトと言う貴族、かなりの高位に見える、上手く取り入れば飛行機を造れる様になるかもしれない。


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