第49話 綺麗に洗って

 武智が受話器を置く。

伴は感心した表情で武智を見る。


 「よし、伴。良いか。此処からが俺達の本当の仕事だ。よ~く聞いとけ」

 「ハイ」


高木が地下の郵便局から戻って来る。


 「すいません、遅くなって。結城先生の所のサッちゃんとそこで会っちゃって。電話有りました?」


武智が応接室から


 「無いよ~」


 応接室。

ソファーに武智と伴が対座している。

伴が武智の交渉術に感心して、


 「しかし武智さん、凄い交渉術ですね」

 「うん? ・・・生徒会長だったからな」

 「え?」


 火曜日の朝。

安藤との約束の日である。

電話が鳴る。

高木が受話器を取る。


 「はい、中尾事務所です」

 「武智さん居ますか」

 「あ、安藤さん! お世話に成ります。少しお待ち下さい」


高木は電話の保留ボタンを押し応接室の内線に電話を回す。

応接室では武智と伴がドアーを閉めて話をしている。

応接室の内線が鳴る。

伴がソファーを立ち、代議士の机上の受話器を取る。


 「はい」


受話器から高木の声。


 「安藤さんから一番です」

 「はい」


伴は武智を見て親指を立てる。

武智は嬉しそうに伴から受話器を取り上げる。


 「もしもし、おはよう御座います」


安藤の静かな声が。


 「有り難う御座います。うまく行きましたね」


武智はわざとらしく。


 「いやー、大変でしたよ~」

 「ハハハハ。今、近くに居ます。これからお邪魔しても」

 「どうぞどうぞ。お待ちしております」

 「じゃ、五分後に」


武智が伴を見ながら受話器を置く。

伴が嬉しそうに、


 「来ましたね」

 「うん。さあ、ここから本番だ。伴! オメーのその良い頭を借りねえとな」

 「え? ・・・高いッすよ」

 「何?」


暫らくして事務室のインターホンの音が。

高木はインターホンの受話器を取る。

モニターに安藤が映る。


 「はい」

 「安藤です」

 「はい」


高木は開鍵ボタンを押す。

ドアーの開鍵の音。

安藤がそっとドアーを開けて入って来る。


 「お待ちしておりました」


安藤はいつものケーキの箱を高木に。


 「はい、これ」


高木が嬉しそうに、


 「わ~、これ、石川屋さんのケーキ? いつも有り難うご座います。武智さんが奥でお待ちかねですよ」

 「そう」


安藤がニッと笑う。

高木が驚いて、


 「あら! 歯ッ」

 「ハハハ、新築したんだ」


高木は驚いて、


 「シンチク?」


安藤が応接室のドアー開けて覗(ノゾ)く。


 「どうも」


伴と武智が起立。

武智は慇懃に、


 「おう! オウオウオウ、来た来た来た。どうぞどうぞどうぞ。ハハハハ」

 「お世話に成ります」


安藤は伴を一瞥し、軽く片手を挙アげソファーに座る。

伴が応接室のドアーをそっと閉めてソファーに座る。

安藤は二人に見せびらかす様に「出っ歯(表情)」を作り笑う。


 「あれ~! 入ってるじゃないですか」

 「良い工事でしたよ」


伴は噴き出してしまう。


 「プッ、ハハハハ」


安藤は伴を見ながら、おもむろに懐からダンヒルのタバコを取り出す。

伴はすかさずデュポンのライターを背広のポケットから取り出し、火を点け安藤のタバコに。


 「おう、わるいねえ」


ライターの蓋の閉まる音が応接室に響く。


 「ピーン・・・」


安藤は武智と伴を一瞥して、


 「で、どうしましょう」

 「それでねえ、とりあえず日下から大成に六億の見積もりを出してもらいましょうか」


安藤はタバコをクリスタルの灰皿に置く。

テーブルのメモ用紙を一枚破き、書き取って行く。


 「うん」


高木が応接のドアーをノックする。

ドアーが開き、お茶とコーヒー、ケーキを持って高木が入って来る。


 「失礼します」


急に応接室の中が静まる。

クリスタルの灰皿から、タバコの煙が一筋。

高木がお茶とコーヒー、ケーキを静かにテーブルの上に並べて行く。

安藤を見て、


 「どうぞ、ごゆっくり」


安藤は高木を見てニコッと笑い、


 「ありがとう・・・」 


高木は静かにドアーを閉め、応接を出て行く。

安藤は灰皿からタバコを取り、


 「・・・で?」

 「仮に、大成から値引き依頼が千とすると、五億九千、日下が五億で出来ると云う事で九千が浮きます。そこで、崎田のフジミからの借金がトータルで三千と云う事ですから、その三千を崎田に代わってうちの中尾がフジミに返済。もちろん、崎田を通してですが。この三千の返済が崎田の条件なんですよ。そうすると残り六千、これを安藤さんの方で、安藤さんと堀田先生、中尾の三人の割り振りを決めてもらう。こんなんでどうでしょうか・・・」


伴は「三千」と云う言葉を聞いて、思わず武智の顔を見る。

伴が・・・。


 『三千? あの時の電話では確か・・・、千と言っていたはずなのに』


安藤は天井を見詰め深く吸ったタバコを吐き出す。


 「崎田建設の借金は三千だったのですか」


武智はコーヒーを一口、口に含む。


 「賭けゴルフで『千』負け、完工保証のトラブルで二千、合計三千。全部、崎田建設が絡んでるんですよ」

 「崎田は何でそれまでしてフジミをかばうんでしょう・・・」

 「それは、崎田建設の源次郎の妹が、最近、フジミ工業の息子に嫁に行ったらしいんですよ。地元の秘書も言ってました。俺もそこまでは知らなかったんですけれどね」

 「ああ、なるほど」


安藤はタバコをクリスタルの灰皿に押し消す。


 「分かりました。フフフ。大成から値引きはさせませんよ」

 「その辺は安藤さんにお任せします」

 「お互いに取り分が多いにこしたことはない。それに・・・」

 「それに?」

 「七千を三者で分けた方が良いでしょう」

 「・・・安藤さん、ここから先はアンタの受け持ちだ。中尾もこの件に関しては強い関心を持っている。何しろ石田サンじゃ自民党が持たない。解散して派閥とは無関係のグループが浮上して来たし」

 「分かりました。キチッと洗ってお渡しします」

 「イヤイヤイヤ、そうしてくれると、中尾も大助かりです」

 「じゃ、これで!」


安藤はソファーを立つ。


 「分配の件は今週の金曜日まで待って下さい。落札後五日以内にまず二千を預手で、これは三枚分けてお持ちします。残りは現金。・・・早い方が良いでしょう」

 「いや~、安藤さん! 助かります」


武智はソファーを立ち安藤と熱い握手をする。

安藤は歯を舌で触り、ニヒルな笑いを浮かべて応接室を出て行く。

武智と伴は安藤を見送る。

高木が応接室から出てきた三人を見て、


 「あら、もうお帰りですか。やっぱり安藤さんは歯が無いとサマになりませんよ~」

 「もう、煎餅は食わない事にした」

 「センベイ? 煎餅を食べたんですか? クッキーの方が柔らかいのに」

 「俺がクッキー? 似合うかなあ」


安藤はその一言を残し中尾事務所から出て行く。

武智と伴は安藤の背中に、


 「お世話に成りま~す」


と突然武智が、


 「核廃用地の件、また後で電話します」

 「あ〜、アレねえ。アレも施設庁が絡(カラ)んでる様だねえ」

                          つづく

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