第48話 揺さぶり話法
崎田建設本社事務所。
女事務員が受話器を取る。
「はい。崎田建設です」
受話器から声。
「衆議院中尾事務所のタケチ!」
事務員は驚いて、
「あ! ハ、ハイ。ちょっとお待ち下さい」
崎田建設社長室。
『崎田源次郎(代表取締役社長)』がソファーにどっぷりと座り、ゴルフのドライバーヘッドを拭いている。
すると内線電話の呼び出し音。
崎田がテーブルの上の受話器を取る。
「なに?」
「あの、中尾事務所の武智さんから一番です」
崎田は横柄に、
「タケチ? ・・・うん」
一番をプッシュする崎田。
「もしもし、サキタです」
武智の声が受話器から、
「よーお、ご無沙汰。武智だ」
崎田は少し緊張ぎみの声で。
「ど~も。その『セツ』はお世話に」
崎田はテーブルの上のタバコ(セブンスター)を一本取り出す。
「そのセツ? ・・・そうだよなあ。どうだい、その『ゴ』は」
崎田はタバコに火を点け煙を飲み込む。
「お蔭様で、あの道路も二ヶ月前に『完工』しました」
議員会館中尾務所。
応接室では武智が崎田と電話している。
伴はソファーに座って真剣に聴いている。
「そりやー良かった。それじや『完工祝い』でもやらなくっちゃなあ、ゲンジよ〜」
崎田の声。
「へへへ、ですねえ。またあそこのコースを予約しておきましょうか。で、夜はパーっと伊勢崎のソープで」
「良いねえ」
武智はコーヒーを口に運び、
「・・・それはそうと、『立川のヘリポート・其の一』って聞いた事ある?」
崎田の声が少し変わる。
「え! 知らないなあ〜」
「知らない? ・・・そう」
武智は歌う様に、
「知らない筈が無いけどなあ。妙な『噂』が流れて来んだよ」
崎田は逃げる様に。
「あ、時間だ! 武智さん、また後で電話します」
「おい、ゲンジ。逃げるなよ~。ゆっくり話を聞かせてくれよ」
「いや、これから打ち合わせが有るんですよ」
武智が声を荒げて、
「ウルセーッ!」
武智の強い口調に崎田はとぼけて、
「タチカワ? 何の事でしょうか・・・」
伴は、武智の初めて聞く『フテキな電話応対』を目を丸くして聞いている。
「おい、俺とオマエの仲じゃねえか。『ボカシた話』は無しにしょうぜ・・・」
「もしかして防衛省のヘリポートの件ですか?」
「もしかしなくても立川と言ったらそれしかあるめえ」
「 な〜んだ、もうそこまで話が広がっちゃいましたか。マイッタなー。ハハハハ」
「マイッタ? ・・・おい、仲良くやれよ~」
「いやあ〜、誰から回ったんでしょうねえ」
武智は優しく、
「そんな事はどうでも良い。中身はどう成ってんだ」
「武智さんが直接掛けて来る位だから、中身はお分かりでしょう?」
「うん? ・・・で、フジミ工業て云うのは何者だ」
「フジミ? あ~、ただの『ゴルフ仲間』ですよ」
「ゴルフ仲間? それにしちゃ随分、『入れ込む』じゃねえか」
崎田のニヤついた声が。
「入れ込むなんて」
武智はコーヒーを飲みながらメモ用紙を取る。
「また賭けゴルフで借金でも作ったのか?」
「いやいやいや、武智さんに合ったらすべてお見通しだ」
「ほ~。で、いくらだ」
「ええ? へへへ、一本位ですか」
「一本? 百か」
「いや・・・。『千』」
武智は驚いて、
「セン?!」
崎田は咥えたタバコをくゆらせ、
「へへへ」
武智、
「で、オマエが負けたのか?」
「とんでもない! フジミさんですよ」
「? それだけか?」
「ウンニャ」
崎田のナメた応対に怒る武智。
「ウンニャ? 何だそれは。喋っちまえよ! ネタは上がってんだから」
崎田は頭を掻きながら、
「工事の保証。検査で一部やり直し。完成が十日遅れ」
「 被(カブ)ったんだな? で、いくら」
「二つかな? ゴルフでパーにしてやろう思ったんだけど・・・アイツは下手。無理!」
「で二つか。全部で三千か?・・・」
「いや、二つは俺の方にも非が有るから・・・」
「じゃ、千か?」
崎田は関西弁で慇懃に、
「へへへ、そうなりまっか」
議員会館中尾事務所。
応接室では武智が天井の一点を見詰め受話器を持って崎田と電話中。
「て、云う事は・・・その『千』が戻れば元の鞘に収める事は出来る。のかな?・・・」
受話器からの声。
「そりゃあ、ウチとしても来年は『会の幹事』ですからねえ。こんな事はしたくないですよ」
「ダムの裏幹事も有るしのう。バカ野郎ッ! 幹事どころか永久に『会からツマハジキ』だ」
「あ、すんません。誰ですか? 流したヤツは」
武智は崎田の問い掛けを無視して、
「おい。その借金だけどな」
武智は冷えたコーヒーを一口、口に含み、
「中尾がモツって言ったら・・・」
「え~? そんなあ、先生にまで迷惑は掛けられませんよ~」
「うるせえ! テメーがゴネてる事がオヤジに迷惑を掛けてるんだよ」
「ええ!? なーんだ、この工事、『裏』が付いてたんですか」
武智はドスの効いた声で、
「おう、ゲンジ」
「はい」
武引けよ。千万戻れば、オメーん所は丸く収まるんだろう」
「まあ、それは」
「何だい、その煮えきらねえ言い草(イイグサ)は。まだ何か有るのか!」
崎田はフテクサレて、
「・・・ワカリました」
「初めからそう言えば良いんだよ。バカ野郎」
武智は伴の顔を見て親指を上げて軽くガッツポーズ。
武智は更に、
「明日の朝十時迄にチャンピオンの大成(タイセイ)に電話しておけ」
「あ〜あ?! タイセイさんから回ったんですか。有馬さん、俺に何にも言って無かったなあ。キタネー野郎」
「ウルセーッ! 誰だって良い。いいかゲンジ、もしこの件で変なアヤが付いたらオマエの会社、県の建設協会、経済同友会、木曜会から全部外すからな」
「そんなは事しませんよ。こっちは千、戻って来れば良いんですから」
「そうか。じゃ、俺との約束だ。明日の朝十時だぞ」
崎田はタバコをクリスタルの灰皿に捻(ヒネ)り消しながら、
「分かりました」
「何だい。元気がねえな。まあ、仲良くやれよ」
「武智さん、こう云うのは事前に知らせて下さいよ~」
武智の惚(トボ)けた声が、
「あいよ〜! あ、それからオマエ、比例からか?」
「は? 何の事ですか?」
武智、
「まあ良い。仲良くやろうぜ」
つづく
この辺の話法は、『出来る秘書さん』は平然と使いこなします。迫力が有ります。
まるで『ヤクザ映画』の様です。
コレが権力の行使とでも言いましょうか。
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