第42話 案 件

 中尾事務所。

インターホンの呼び出し音が鳴る。

高木がインターホンの受話器を取り、


 「はい」

 「アンドウです」 

 「どうーぞー」


施錠を解放する音。

安藤が「菓子折り」を持って入って来る。

高木は満面の笑みを湛え、


 「お久しぶりです。皆さんお待ちですよ」


安藤は菓子折りを高木に渡す。

高木が嬉しそうに、


 「わ~、アマンドのケーキ! 美味しそう」


安藤はマスクを外し『歯』を気にしながら、


 「皆さん? 先生も居るの」

 「いいえ、武智さんと伴さんです」

 「バン?」

 「新人の秘書さんです」

 「シンジン・・・」

 「はい。よく動いてくれますよ」

 「へ〜」


高木は安藤を見て、


 「安藤さん、その歯はどうしたんですか?」

 「ハハハ。壊れた」


安藤は応接室に入って行く。


 武智と伴は安藤を見て椅子を立つ。

武智が右手を差し出し握手を求める。

武智は握手をしながら、あいも変わらず慇懃に、


 「いや~、イヤイヤイヤ、まあ、どうぞ、どうぞどうぞ。ナンダナンダ、久しぶりじゃないですか~」


安藤は左手で口を隠し、右手を差し出す。


 「? どうしました、口」

 「刺し歯が取れちゃって」


武智は驚いて、


 「え〜えッ!」

 「いや、ここに来る前に大成(オオナリ)さんに寄ってね。茶うけの煎餅をご馳走になったらポロっと。まいっちゃいましたよ」

 「あら、大成さんで」


安藤は伴を見る。


 「ああ、紹介します。俺の舎弟(シャテイ)で伴と云うカバン持ちです」


伴は背広のポケットから皮の名刺入れを取り出し、


 「あッ、はじめまして、伴 憲護と申します。よろしくお見知りおきを」


安藤はビトンのセカンドバックからお揃いのビトンの名刺入れを取り出し、


 「安藤政輝です」


二人は交換した名刺をジッと見詰める。

安藤は伴をまじまじと見て武智に、


 「良いの入ったじゃないの」

 「そうですか?」


武智は伴を見て、


 「ほ~ら、言われちゃったじゃないか。ハハハハ。まあ、どうぞどうぞ、座って座って」


高木が盆にお茶とコーヒーを載せて応接室に入って来る。

テーブルの上にお茶とコーヒーを並べながら、


 「安藤さん、久しぶりですねえ。元気そうで」

 「そ~お?」


安藤がソファーで伸びをする。


 「アテテテテ。首が痛くて・・・」


高木は驚いて、


 「クビもですか?」

 「そう。回らないんだよ」


心配そうはに、


 「寝違えたんですか?」

 「油が切れた」

 「アブラが切れた?」

 「そうなんだよ。お金を注入すると回るんだけどね」

 「は~? また冗談を。ごゆっくりしていって下さい」


安藤は高木を見てニッコリと、


 「ありがとう」


応接を出て行く高木。

伴が安藤を見詰めている。

安藤は応接の陳情棚を見て武智に、


 「ど〜お、良い話し有ない?」

 「う~ん。ゼンゼン」

 「そ~お」

 「実はあれ、やってみようかと思って」


武智が怪訝な顔で、


 「アレ?」

 「例の防衛省のヘリ基地」

 「ああ、あの可決した横田の」 


武智は鋭い眼で安藤を睨(ニラ)みコーヒーを一口。


 「伴! ドアーを閉めろ」

 「あ、はい!」


武智は改めて、


 「あれは緊急で補正を組んで、三ヶ月以内に着工します。アメリカさんがうるさくて」

 「石田事務所の吉村さんからも聞きました。ナンでもカンでもアメリカ主導だ」

 「仕方がないですよ。敗戦国ですから」

 「そうだね」

 「ところで?」


武智は目を細め、眩しそうに安藤を睨(ニラ)む。


 「要件はボーリングの依頼ですか?」

 「いや、数字は上がって来てるんですよ。ただバランスと配分がね」

 「ゴネ役が居るんですか」

 「困ったもんだ。新入りが入るとマナーってものを知らない」

 「コチラで出来る事が有るんならナンなりと」

 「ハハハハ。そのゴネ役がね、先生の選挙区なんですよ」

 「選挙区の? ダレ?」

                          つづく


※『ボーリング(深層調査)』とは、落札されるだろう額を探る事を謂う。

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